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移住日記/Week25_さよなら、ノーザンプトン!

大学附属の美術館の入館料/0ドル

ノーザンプトンでの生活も、残りわずかとなってしまった。

3か月前、ダラスから約3000キロのドライブを経てやってきたときは、緑がやたらと眩しく、テキサスとはまるで違う景色に「北海道みたいだなぁ」と思ったものだった。それから3か月暮らしてみて、アイスクリームはうまいし、朝晩は爽やかだし、やっぱり「北海道みたいだなぁ」というところに感想が落ち着いている。3か月もいたのに、語彙がまったく成長していない。

北海道といえば秋の紅葉もきれいだが、この辺りも秋になると相当きれいらしい。しかし、その景色を見る前にテキサスへ帰らなくてはならない。何気なくダラスの天気予報を見たところ、最高気温の欄には37度、38度、39度という数字が並んでいた。一瞬華氏表示に戻ったのかと思ったが、何度見ても摂氏だった。

一方、ノーザンプトンは25度前後。

正直、帰りたくない。

しかし帰らないわけにもいかないので、残された日々で「まだ見ていないものは見ておこう」という話になり、大学附属の美術館へ出かけた。

芸術の秋を先取りしようと思ったわけではない。

「無料で見られるものは、今のうちに見ておけ」という、極めてせこい理由である。

ちょうど黒人女性作家の企画展をやっていた。モザイクのように細かいパーツを組み合わせた作品が並んでいるのだが、集合体恐怖症の気がある私は、作品の意味以前に「なんかちょっとゾワゾワする」という感想が先に来てしまう。以前、草間彌生さんの作品を見たときにも似たような気持ちになったなと思いながら解説を読むと、「自然の声が聞こえる」といったことが書いてある。


展示されていた企画展の作品。Alma Thomasさんという芸術家らしい。

やはり芸術家というのは違う。

私は自然の中を散歩していても、「蚊がいる」とか「今日湿気すごいな」とか、その程度の声しか聞こえてこない。

そんなことを思いながら美術館を出たところ、前を歩いていた女性から突然、
「Have you checked the new exhibition?」
と声をかけられた。

どうやら、今見てきた企画展の感想を聞かれているらしい。
ここで、もっと気の利いたことを言えばよかった。
たとえば、「Interestingだった」とか、「Very impressiveだった」とか、英語学習者が困ったときに使う万能ワードはいくらでもあったはずである。

しかし、私の口から出たのは、
「I don't know.」
だった。

一瞬の沈黙。

そして苦笑する女性。

やってしまった、と思い、「いや、私は美術のセンスがなくてですね」というような説明をしようとしたのだが、女性は、
「No, no. It's good.」
と言い残し、別の方向へ去っていった。

何がGoodだったのだろう。
作品がわからないと正直に言ったことなのか。それとも、これ以上話を続けなくて済んだことなのか。
アメリカに来て半年近くたつというのに、英語が上達した実感はあまりない。ただ、よくわからない美術作品を見て、突然感想を聞かれたときに「わかりません」と即答できるくらいの度胸だけはついたらしい。

この話を相方にしたところ、爆笑された。
「そういうときは、I'm not artyとか言えばいいのよ」

なるほど。

ちなみに、そういう相方も決してartyなタイプではない。

翌日、そんな二人でもう一度美術館へ行くことになった。前日に私が見たのは企画展だけで、別のフロアに常設展があることを知らなかったのである。
常設展に入ると、モネやピカソの作品が普通に飾られていた。
大学の附属美術館なのに、そんな有名な画家の作品があることにも驚いたが、さらに不思議だったのは、100年以上前に描かれた風景画の中に、今住んでいる家の隣にある教会や、現在の家らしき屋根まで描かれていたことである。
100年以上前の誰かが見た景色の中に、今自分が暮らしている場所がある。
こういうときくらいは、私にも少しartyな感情が湧いてくる。

なんとも不思議な気持ちで絵を見ていると、同じフロアにいた人たちの会話が聞こえてきた。
フランス語である。
相方が小声で、「フランス語を聞きながら絵を見ているだけで、なんかオシャレな感じするね」と言う。

さっきまで少しだけartyな気分になっていたのだが、一瞬で現実に戻された。

「フランス語だったら何でもオシャレって、トイレにセボンじゃないんだから」と返す。

さらにartyではない。
もし絵の向こうでモネやピカソが聞いていたら、キャンバスで殴られていたかもしれない。

すると相方が、
「そういえばトイレといえば、ここの美術館、トイレが有名なのよ。アート作品なんだって」と言い出した。

絵画からトイレまで、ものすごい速度で話が転落した。モネもピカソもびっくりである。
しかし、そこまで言われたら見ないわけにはいかない。

地下へ降りてトイレへ向かうと、確かに普通ではなかった。洗面台から壁、便器の周りまで、さまざまな絵や装飾が施されている。
用を足していいのか一瞬ためらうくらいである。
いや、トイレなので用を足す場所なのだが。

3か月前、ノーザンプトンへやってきた私は、緑の美しさに感動して「北海道みたい」と言っていた。
そして3か月後、最後に感動しているのがトイレである。
人間、土地に慣れるというのは、こういうことなのかもしれない。


トイレに関する説明。
結構びっくりしました。

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