【お詣りいこか。】第7回 平安神宮
鳴海餅本店のぽちこらむ 『お詣りいこか』。
京都に行ってみたくなる一つの理由になれば、これ幸い。
今回、向かうお社は、、、
古くは院政により栄え、後に京都の近代化を支えた地である岡崎に鎮座する「平安神宮」。
京都の四神相応の地の中心に位置しています。
川端康成の『古都』、谷崎潤一郎の『細雪』などに登場するなど、多くの文豪に愛された桜の名所でもあり、そして幕末に荒廃した京都の復興を祈願したお社です。
そしたらさっそく、お詣りいこか~。

平安神宮について
◉創祀
元治元年(1864)の蛤御門の変で「鉄砲焼け」と呼ばれる戦火に見舞われ、街の中心部811町、27,500軒余りを焼失した京都。
その4年後には、明治維新による東京奠都でさらに人口減少も加速し、衰退の危機にありました。
そのような状況に、伝統文化の継承などを危惧した京都の人々は、荒廃した街の復興に乗り出します。
そして、平安京遷都の延暦15(796)年から千百年の節目となる明治28(1895)年。その年を迎えるにあたり、復興事業として平安神宮創建と第4回内国勧業博覧会の開催、平安遷都千百年紀念祭の挙行の計画が始まります。
明治28年3月15日。
長岡京から平安京へと遷都した「京都の始祖 桓武天皇」の御霊を奉祀することを京都市民が強く望み、桓武天皇を御祭神として「官幣大社 平安神宮」が創建されました。

◉御祭神について
平安神宮には、平安京のはじまりとおわりを象徴する2柱の天皇を御祭神として祀られています。
御祭神:桓武天皇(第50代天皇)
長岡京から平安京へと都を遷し、それから千年にも続き京都が都として栄えた始まりを造ったことから京都の始祖とも呼ばれています。
当時の都は奈良・平城京。
寺社勢力の政治への介入を嫌った桓武天皇は、長岡京(今の京都府向日市)へと都を遷しました。
ところが疫病や災害、貴族の不審死など“不幸”が相次ぎ、人々は「これは祟りではないか」と恐れました。そのため桓武天皇は、さらなる遷都を決断し、「平安京」が造営されました。
このとき重要な指針となったのが、中国の風水思想「四神相応の地」という考え方でした。東に川(青龍)、西に道(白虎)、南に湖(朱雀)、北に山(玄武)がある地形が理想とされ、その地に住まう者は長く繁栄すると信じられていました。まさに、平安京はこの条件を満たす土地であり、以来約千年以上にわたって日本の中心であり続けました。
この地に遷都を行った桓武天皇は、まさにこの京都の産みの親ともいうべき人物なのです。

御祭神:孝明天皇(第121代天皇)
明治天皇の父であり、生涯を京都で過ごした最後の天皇。
皇紀2600年にあたる昭和15年に、市民の要望によって平安京有終の天皇としてご神霊が合わせ祀られました。
江戸時代の末期、幕末の動乱期に即位され、江戸幕府の終焉と明治維新への過渡期の中で「天皇」の政治的影響力を回復させた方でもあられました。
孝明天皇は、外国勢力の進出に反対し、幕府の開国政策にも批判的な立場をとりました。「攘夷(外国勢力を排除する)」の立場から発言力を強め、
その一方で、異母妹・和宮を第14代将軍・徳川家茂に降嫁させ、朝廷と幕府の融和を図る「公武合体」政策にも尽力します。
しかし、在位21年の慶応2年。。。
天然痘により崩御され、この崩御をきっかけに時代は大きなうねりとなって動き始めます。

主な神事・祭事
◉時代祭(10月22日)
平安神宮の大祭であり京都三大祭のひとつ、「時代祭(じだいまつり)」
全国各地はもちろん、海外からも多くの観光客が訪れる秋の風物詩とも言えるお祭です。
維新勤王隊の奏でる笛や太鼓の音色を先頭に、約2,000名、全長約2kmにもおよぶ大行列が京都の街を練り歩きます。
行列は、明治維新時代から平安京が造営された延暦時代へと時代をさかのぼる構成となっており、まさに動く歴史風俗絵巻。

この祭の大きな特徴として、各時代行列で使用される衣裳や祭具が、厳密な時代考証のもとに製作された本物であるという点。
千年以上にわたり京都で培われてきた伝統工芸技術の粋が込められ、
京都の文化を内外に発信することも目的としています。
京都を復活させる!! そんな京都の人々の心意気を感じます。
このお祭りは、御祭神の桓武天皇と孝明天皇に京都の活気ある姿を
ご覧いただくというのが祭りの本義。
また、京都市民の総氏神と位置付けられていることから、学区とよばれる町の単位を束ねた「講社」とよばれるものが主体となって運営されており、町の再興を願った当時の心意気を今もなお継承しています。
ここにきたら、ここ行きよし
◉蹴上インクライン
平安神宮から徒歩10分。京都の桜の名所として名高い「蹴上インクライン」線路と桜が写真映えするスポット!!

琵琶湖の水を京都に引くために建設され、船ごと台車に載せて、動力によってレール上を上り下りする仕組みとして、「蹴上インクライン(傾斜鉄道)」が作られました。

平安神宮から蹴上インクラインに向かう道沿いには、「琵琶湖疎水記念館」があります。記念館の後に蹴上インクラインや水路閣へ行ってみるのもいいかもしれません♪

ほんのひと息MEMO
千年も都として続いた京都…。
それゆえに京都人の京都愛は強めなのかもしれません。
(京都プライドというんでしょうか。)
いまでも、「天皇陛下のお住まいは、あくまで京都。東京にはちょっとお出かけしてはるだけ」と、半分本気、半分冗談に語られることも(笑)。
「近代的かつ京都らしさ」を感じる岡崎エリア。
ぜひ散策をお楽しみください♪
ほな次もまた、またお詣りいこか。
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