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わが心の近代建築Vol.124 旧五十嵐歯科医院/静岡県静岡市

みなさん、こんにちわ。最近は鉄筋建築や和風建築を中心に記載していましたが、今回は、今年の5月に静岡県を訪問しましたが、そこから疑洋風建築とも言うべき建造物として、蒲原町にある旧五十嵐歯科医院について記載します。

蒲原かんばらについて】
❏宿場町としての歴史

蒲原かんばらは静岡県中部にあり、東側には静岡市、西側には藤川や富士市、南側部分は駿河湾に面した場所に位置し。北側は山地であり、市街地は駿河湾沿いに位置します。
歌川広重の浮世絵では雪景色が描かれていますが。本来は降雪の少ない地域でもあります。
また、古くより東西交通の要衝として栄え、江戸期には東海道の15番目の宿場町として栄え、その様子は、歌川広重の「東海道五十三次」にも描かれています。2006年には静岡市に編入され、現在は清水区の一部になります。

安藤広重 東海道五十三次「蒲原宿」
Wikipediaより転載

また蒲原はサクラエビの産地でも有名で、日本国内のほぼ100%は駿河湾山で、1894年に由比ゆいの両氏が味の編み引き漁をしていたところに網が深く潜ってしまい、その時に偶然大量のサクラエビが捕れたことが始まりとされ、1895年に由比ゆいで、1896年には蒲原で始まります。

新蒲原駅に保管されたサクラエビ漁船
【Wikipediaより転載】

【建物外観について】
❏正面部分を臨む
明治期までは、平屋建ての町屋建築が大多数を占める蒲原かんばらにも、西洋風の建造物の波はやってきて、大正期にはいくつかの西洋建築が現れると同時、平屋の町並みの中にも、2階建て建造物が出現し、格子窓の代わりにガラス窓が導入され、間口の広い家が出現するようになります。
こうした変化を背景に、蒲原には楳田医院、佐藤家(本陣跡)、そして今回扱う旧五十嵐医院が出現します。

旧五十嵐医院 全景を臨む

❏玄関部分について
旧五十嵐歯科医院は、下見板張りの外観にペンキを塗ったスタイルで、室内は、西洋風に対し、純和風のスタイルとなっています。
特に旧五十嵐歯科医院の特徴として、町屋建築に下見板とガラス窓が付くタイプになります。このような形は全国的に稀有であり、町屋建築の良さと洋風を組み合わせた独特な形になります。
また、当時のガラス制作のスキルから大きなガラスは作ることができず、このような幾何学的な模様の窓枠になったと推測されます。ポーチ部分には、レリーフが付けられています。

玄関部分を臨む

❏庭園側から臨む
庭園側から臨むと、こちらも表側と同様、ライトグリーンの外観に窓ガラスを多用し、開校と採光に配慮されたものとなります。
なお、この邸宅は表側は海風が、庭園側は山風が吹く形になり、非常に風通しの良い邸宅になっています。

低縁側から臨む

❏ポンプ
庭園側の「ポンプ」は電動になり、歯科医での治療に欠かせない水を2階の診察室に送るためのものになります。
ポンプの本体には「MALHATY」と記載された文字から外国製と和k自ります。まだ水道がなかった時代で、水をふんだんに使用する歯科医ならではの設備と言えます。

ポンプ部分

❏蔵部分
中庭には、3棟の蔵が建ちますが、左側の蔵が一番古く、木造漆喰塗の2階建てで一部がなまこ・・・壁になります。東側の蔵は1930~31年に建てられたコンクリート製の蔵になり、この2つの蔵を真ん中で繋いで「繋ぎ蔵」としています

蔵部分を臨む

❏設計者と施主について
設計は、地の都の大工棟梁 吉田源吉よしだ げんきち氏と言われています。施主 五十嵐準氏の父 常吉氏も大工棟梁になり、1901年に建てられた疑洋風の学校校舎 蒲原尋常小学校の設計にあたっており、この建物を設計する際には、常吉氏のアドバイスがあったと推測されます。
施主の五十嵐準氏は、東京鹿医学専門学校(現 東京歯科大学)を卒業ののち、1914年に神原の邸宅を改造して歯科医としました。
この腕前は非常に高く、地域に知られるほか、最後の維新志士 田中光顕たなか みつあきも患者でした。

治療にあたる五十嵐準氏

【3期にわたる増築について】
❶創建時(1914年あたり)

元々は、旧五十嵐歯科医院は、江戸末期~明治期に建てられた町屋建築をアレンジしたものになり、元々は現在の中央部分の町屋建築でした。
1914年に歯科医院開業において、外観を洋風にアレンジしたもので、2階部分に技工室と診察室を置きました。

委員創建当時の姿
<邸内展示パネルより転載>

❷第Ⅰ期増設期
旧五十嵐歯科医院は、1916年には西棟が増築され、迎賓棟として設けられました。迎賓棟部分は、1階2階とも2部屋づつ設けられ、材もより厳選されたものが使用されました。増築された時期においては、2階部分の襖絵に記載された年号などから、推測されました。

第Ⅰ次増築の姿
<邸内展示パネルより転載>

❸第Ⅱ次増設期
1938~39年には、さらに芳賀氏側に造しくがされます。通り土間が東に移動し、玄関も同時に動き、新たに小さな土間と和室が設けられたほか、
2階の技工室は東側に移り、診察室が広い1部屋となりました。
最後、1940~41年ごろに2階部分の「はなれ」が増築され現在の姿となります。

第Ⅱ次増築の姿(現在の姿)
<邸内展示パネルより転載>

【たてものメモ】
旧五十嵐歯科医院
●竣工年:江戸末期~明治期
 ・改修機:1914年 
 ・第Ⅰ次増築1918年
 ・第Ⅱ次増築:1939~40年
●設計:吉田源吉よしだ げんきち
●文化財指定:登録有形文化財
●写真撮影:可
●入館料:無料
●交通アクセス:
 JR東海道本線 新蒲原駅下車 徒歩約7分
●参考文献:
 ・邸内展示パネル
 ・蒲原町教育委員会著「旧五十嵐邸物語」
 ・神原の町並みに関してはWikipediaを参照

【平面図】
平面図を見ると、旧五十嵐歯科医院は、明治/大正/昭和…
様々な時代に、その用途により変更されているものの、かつての歯科医院が開業していた姿を多く残しています。
また、ポンプなど、歯科医営業に必要だった施設も多く残った、全国的に見ても稀有な建造物になります。

平面図
【邸内展示パネルより転載】

【1階部分】
❏みせ

創建当時の部分で、街道沿いに面した部分になり、寝室などの居間的スペースというよりも、帳場などに使用された箇所になります。これは、町屋建築で多く見られる形状になります。写真右には、電話室が置かれています。

みせの間部分を臨む

電話室部分にの扉部分には「電話23番」ときさいしていますが、玄関入り口にも「23番」の札があります。
当時の庵原郡蒲原町に電話が敷かれたのが1918年のこと。
当時の電話線は、25本以上の加入がないと許可が下りない状況下でしたが、ようやく23戸の加入をとりつけ、残りの3本は蒲原役所が持ち、1919年に電話交換業務が開始されました。この電話もその当時加入したもので、、現在も、「2023番」として活用されています。
なお、修繕時には、電話室などに付けられた張り紙や落書きなども極力残すように復元されています。

「みせ」部分の電話室

❏「なかのま」
こちらも、町屋建築でよくみられる形になり、竣工当時からのものになります。使用方法としては「みせ」部分と同様の仕様がされ、現在も金庫が置かれています。
掘り炬燵ごたつが付けられるなどされました。なお、西棟が増設された際には、こちら部分を通路として使用しましたが、かつては壁だった名残も遺されています。

なかのま全景を臨む

金庫部分は鉄製で厚く頑丈な造りになります。金庫は非常に重いため、土台部分はコンクリートで造られ内部はキリ材が使用され箪笥たんすのように造られています。
この建物は、歯科医院であったため、歯の治療に使用する金などもこちらにしまわれました。

金庫部分を臨む

金庫上部には神棚が設けられていますが、その戸袋部分には
「九里かえ志 また繰りかえし ひたすらに
くりかえしなば まことのこと
むかしより 玉野とながく とく法に
結ぶわが世の ちぎりなるらむ」
と記載されています。

神棚部分を臨む

❏「ぶつま」
こちらも、。竣工当時からのものですが、もともとは鴨居かもいと落とし掛け、かまちなどの座敷としての痕跡が残されています。
こちらに関しては、西棟の増築、それの井伴う床の間設置のために、写真のように現在は削除されています

仏間全県警を臨む

❏西棟/座敷部分
天井部分は竿縁天井になり、書院こそないものの、床柱が設けられ、床の間には、落とし掛けと床框とこがまちが設けられるほか、床脇には天袋てんぶくろ地袋じぶくろが設けられた本格的な座敷が設けられています。

西側座敷 全景を臨む

西棟1階部分の欄間部分には、「近江八景おうみはっけい」がkが枯れており、前庭部分側の欄間らんまには
 左側欄間らんま:唐崎の夜雨
 右側欄間らんま:(左):比良の暮雪/(右)堅田の落雁
が描かれています

座敷部分より前庭側の欄間を臨む

座敷から次の間部分の欄間には…
 左側欄間らんま:(左)矢橋の帰帆/(右)粟津の晴嵐
 右側欄間らんま:三井の晩鐘
が描かれています

座敷より次の間部分の欄間をのぞむ

❏「次の間」
西棟部分になります。
西棟には中庭と廊下が設けられ、東棟部分とは壁で仕切られた箇所になります。天井部分は、座敷同様、竿縁天井さおぶちてんじょうになり、スギの1枚板が使用されています。
なお、こちらの修繕工事の際には、板を湯で一枚一枚きれいに洗い、復元されたことが知られています。

「次の間」部分を臨む

「次の間」部分の庭園側の欄間らんまには…
 左側欄間らんま:石山の秋月
 右側欄間らんま:瀬田の夕照
を描いたものとなります。

「次の間」欄間部分

❏広縁部分
奥側がもともとは「おかって」で写真は広縁こうえんになります。
広縁こうえんは、近代建築より現れたもので、廊下以外にも、採光性などが図られた箇所になり、西洋建築でいう所の「サンルーム」的な役割になります。

広縁部分

❏西側階段部分
広縁脇には階段がありますが、こちらは西棟とともに作られたものでになり、段差の勾配が厳しく、家族用の階段として使用されました。
階段の下部分には、スペースを有効活用するよう箪笥たんすが置かれています。

西棟階段部分

はなれ部分は、限られた面積の中、一番最後に増築されたため、強引に増築された感が否めず、西側階段部分を板でふさぎ、通路を通していく形になります。

「はなれ」への通路

【2階部分】
❏はなれ

こちらは、1940〜41年に増築された箇所になり、勉強部屋などに使用されました。天井は板張りとなり、窓は引き戸ではあるものの、幾何学的な洋風の雰囲気を感じさせますが、なぜだか床部分は、畳という室内になります。

はなれ部分

❏西側「次の間」
「次の間」には襖絵が掲げられていますが、花鳥風月を描いた趣のある四季の絵。南側はマツに鷹と雀を配した重厚感のある墨絵になります。
作者は木村立嶺きむら りつがく(1853~1821)で、狩野派を修め、山水・花鳥・人物を得意としました。
襖には大正乙寅きのととら初秋とありますが、乙寅きのととらという年は存在せず、正確な政策年は定かではありません。

西側「次の間」部分を臨む

欄間を見ると、この建物のある場所が蒲原かんばらということもあり、先日、世界文化遺産に選ばれた富士山と三保の松原と思われる風景になります。杉の杢目を巧みに活用した富士山の部分は、非常に貫禄がります。

欄間部分を臨む

❏西側「座敷」部分
2階の西側御客間は、特別な待合室として活用されました。
旧五十嵐歯科医院は地元の方から広く知られた命でありますが、その顧客の中には、明治期に宮内大臣や警視総監を務め、蒲原かんばらで余生を過ごした田中光顕たなか みつあきも通院し、この部屋は氏の待合室に活用されました。
室内は書院こそないものの、床脇には天袋てんぶくろ地袋じぶくろを配し、床の間も1件に渡るもので、天井は竿縁天井で、長押を廻した本格的な書院建築になります。

西側 「座敷」部分

❏「次の間」
竣工当時からある箇所になり、元々は診察室などが置かれていました。
改修当時は床の間などが設けられていたものの、待合室に活用され、火鉢や本棚が置かれ、患者たちがここに控えました。
特に欄間らんま部分は、ひし形に組まれており、非常に細かい細工になります。

「次の間」 全景

❏座敷部分
こちらも竣工当時は、診察室などに充てられていましたが、のちに東側部分が造しくされたに伴い、現在のことの間を備えた本格的な座敷に変更されました。
床脇とこわき部分には、天袋てんぶくろ地袋じぶくろを備え、違い棚まで造られていました。

座敷部分

❏診察室
会堂増に面した箇所で、ガラス窓が多い、採光に配慮された首位つ内になります。旧五十嵐歯科医院では、雨戸が1枚もなく、長い間、ガラス戸のみで風雨をしのいでいました。
夏には昼には海風、夜は山風が吹き、冬の天気の良い日はサンルームのように暖かく居心地の良い部屋となります。
床はリノリウム貼り、天井と壁は漆喰塗、照明器具のデザインも洋風になりました。

診察室を臨む

❏技工室
診察室の奥にあり、こちらも増築時に造られました。入歯や歯の詰め物を作成する部屋として使用され、当時は2人の技工士の方が勤務しました。
現在では大正3年の開港時に使用された道具類はじめ、広告なども展示しています。

技工室を臨む

❏待合室
こちらも1938~39年に増築された箇所になり、待合室として使用されました。当初から「板の間」となる一方、天井部分は竿縁天井といった和洋折衷の形が採られており、待合室時代には、オルガンなども置かれていました。

待合室を臨む

❏客用階段
東棟増築と同時に、新たに階段が設けられました。
この階段は、家族用などではなく、歯科医院の患者の方が使用し、待合室/診察室に向かいました。階段部分は、派手な装飾はないものの手摺子てすりこなどにも当時流行したモダニズムの影響を感じることができます

東側増築部分の階段

【編集後記】
旧五十嵐歯科医院は、マッケンジー邸を調べていた際に偶然知った建物になり、訪問したのは3月のことでしたが、この際は雛人形があり、建物を移せる状況ではなく、5月半ばに再訪問し、写真がすべてそろっていたものの、なかなか記載に至りませんでしたが、やっと記載しました。
まだまだ記載したい建物もあり、夏場は高温のため、なかなか新規開拓には至りませんでしたが、貯金からいくつか棚卸が出来ればと考えています。

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