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わが心の近代建築Vol.67 大磯迎賓館(旧木下家別邸)/神奈川中郡大磯町

みなさん、こんにちわ。
今回は、神奈川県大磯駅前に遺された大磯迎賓館(旧木下家別邸)について記載します。
なお、この邸宅は現在、イタリアンレストランとして開店中で、毎月2回、一般公開されていますが、かつての海浜別荘の歴史を色濃く残す建造物になっております

≪大磯海岸の歴史≫
①海水浴場 大磯として

まず、大磯は中世は相模国の国府が置かれ、江戸期には東海道の宿場ましとして栄えますが、その歴史が大きく変わったのが明治期…
ドイツ人医師でお雇い外国人 ベルツにより海水浴が推奨されると、陸軍軍医総監 松本良順により日本初の海水浴場として開かれました。

歌川広重 東海道五十三次 大磯【Wikipediaより転載】

②別荘地 大磯として
大磯は、海水浴場て開かれると、1887年に大磯駅が開業すると、駅前の高台には、多くの要人の邸宅 別邸が造られました。
特に伊藤博文、陸奥宗光、大隈重信、西園寺公望らの邸宅が有名で、1907年頃には150戸以上の別荘地が造られ、”政界の別荘地”と呼ばれ、1908年には避暑地百選で明治期の避暑地第一位に選ばれるに至りました。

「大磯海水浴富士遠景図」(明治後期)【大磯郷土資料館所蔵】

③関東大震災の惨状
が、大磯も、ほかの太平洋沿岸の街と同じく、1923年の関東大震災の影響をもろに受け、賑わった別荘地も、殆どが倒壊しましたが、翌年の7月には再度海開きをするまでに復帰しました。

震災後の大磯の海岸
『大正十二年九月一日 大震災記念写真帖』より
【大磯町郷土資料館 旧吉田茂邸より転載】

④震災からの復興と現在
また、大磯で倒壊した別荘地も多くが建て直され、三井財閥や古河財閥、池田成彬、李 垠、池田成彬らが別邸建築を建て、戦後には吉田茂が首相退任後に移住し政界で「大磯」といえば、吉田茂のことを表す隠語となり、現在でも大磯海岸には多くの観光客が訪れます。

現在の大磯海岸【Wikipediaより転載】

≪大磯迎賓館の概要≫
①施主 木下健平氏について
今回、記載する大磯迎賓館は1912年、東京 四谷に居を構えていた貿易商の木下健平氏の別邸として建てられます。
なお、1918年より木下家の親戚筋の山口勝蔵氏が別邸として長らく使用。なお、山口氏は銀座に本社を置く山勝工業創始者として、主にクレーン車を扱っています。
この邸宅は平塚を襲った空襲の被害も免れ、所有者を変えながら、解体危ぶまれる中、大磯町が所有。現在は、小笠原伯爵邸を運営する青和インターナショナルがイタリアンレストランとして運営しています。

②設計者 子笹三郎について
子笹三郎氏は、1876年に長崎で生まれ、渡米後、オレゴン州立大学で学び、アメリカではパナマホテルを設計。このホテルに関しては、今も現役。2015年には米ナショナル・トラストにより、国宝に指定されています。
1911年に帰国し建築事務所を開業。
1912年に大磯迎賓館を建てたのち、これからの活躍が期待される中、1917年、僅か40でこの世を去ります。

子笹三郎 設計パナマホテル【Wikipediaより転載】

≪2×4工法≫
ツーバイフォー工法は、今までの日本の建築では柱を中心にした在来工法とは異なり、建物を面で考え、壁版と床版は、構造用製材(木材)を組んで枠組みをつくり、そこに構造用面材を接合して建築。
アメリカで考えられた工法で、大磯迎賓館は、その中でも最尾の建造物として大変貴重なものとなり…
 《メリット》
 ・工期を短く済ませることが可能
 ・耐震性/耐火性に優れる
 ・優れた断熱性
などがあり
 《デメリット》
 ・コストを構造体で削減できない
 ・建設中に屋根を作れない
 ・リフォームなどが難しい
 ・修繕の大変さ
などがあります

ツーバイフォー建築の状況【日本ツーバイフォー建築協会より転載】

≪建物メモ≫
大磯迎賓館
●竣功年:1912年
●設計者:小笹三郎
●文化財指定:国登録有形文化財
●写真撮影:可(但し商用利用厳禁)
●交通アクセス:JR東海道線「大磯駅」徒歩1分
●見学料:¥200
●参考文献:
 ・大磯海岸の歴史などは大磯町郷土資料館HPを参照
 ・BS朝日放映「百年名家」
 ・大磯まちづくり会議発行「大磯建物語① 大磯駅前洋館(木旧木下家別邸)」
など
●留意点:
 ・月2回、火曜日に応募で一般公開あり

≪平面図を見る≫
平面図を見ると、キッチンと新館/ホール部分など画像しくされた以外は、基本的に1階/2階とも竣工当時のすがあとぉよく残しており、中廊下式の邸宅になっています。
なお、新館のホール部分はかつてはテラスとして利用され、2階サンルーム部分からは、相模湾を一望できました。
また、1階廊下部分は、竣工当時から反対側に出ることができ
テラスになっていました。

平面図【カタログより転載】

≪外観部分≫
①玄関部分

玄関部分を見ると、こちらは竣工当時のもので、奥側に広くなる、謂わば3角形の敷地になっており、敷地の形状から、近隣住民からは、「三角屋敷」と呼ばれていました。

玄関部分から邸宅を臨む

また、庭園部分は、多くの箇所が改造されていますが、こちらの石灯篭に関しては、竣工当時から残るものになっています。

庭園に遺された石灯篭

②正面部分から
旧木下家住宅は、外観部分を見ると、壁面部分は下見板張りになっており、切妻造りになっています。また、正面部分の左右には、1/2階を通じてベイウィンドウがを備え、中央部分には、大磯駅を臨めるバルコニーが付けられています。

旧木下家別邸 正面部分

後方から左側を臨むと、こちらにもベイウィンドウを備え、窓枠も竣工当時からのもので、西洋式の上げ下げ窓を付けています。
また、上部には、屋根裏部屋の明り取りのためのドーマー窓を付けています。

後方から左側を臨む

玄関ポーチ部分を見ると、窓枠と同じ色の縁取りがされており、カーペンターゴシック的なデザインになり、上部には、バルコニーを付けています。

玄関ポーチ部分

≪1階部分≫
まず、1階洋室Aをみると、この部屋は現在、スタッフルームに使用されているので、カタログからの転載になりますが、右側に見えるのは、造り付けの棚で、竣工当時からのものになります。

1階洋室A【カタログより転載】

次に洋室Bをみると、こちらもは現在、物品販売所として活用されていますが、窓枠部分は各部屋と同じ上げ下げ窓を使用。
窓枠部分も、茶色いものになっています。

1階洋室B

現在、洋室Cに関しては、パントリーとして使用されており、非公開になっていますが、洋室Dに関しては、竣工当時の姿を最もよく残しており、まず、腰壁部分は、柱を見せるティンバー様式になっていますが、この邸宅は2×4方式のため、デザイン的なものとして設えてあり、天井部分は、漆喰塗の化粧梁になっています。
このデザインは、先述のパナマホテルにも活用されたものになり、小笹三郎氏が愛用したものになります。

1階洋室C【10年前に写したもの】

またドアノブ部分も竣工当時のものを活用してあり、西洋建築で多く見られるアーカンサス(葉アザミ)をしようしたものになっており、2階からも見る事ができます。

洋室Cのドアノブ

また、1階廊下部分を見ると、洋室Dと同じく、ティンバー風(柱を見せる様式)になっているものの、先述のようにこの邸宅は2×4方式なので、飾り的な意味合いが強く、この廊下部分も、パナマホテルの廊下に酷似しています。
また、中廊下を抜けるとレストランになりますが、竣工当時からテラスに抜けられたとのことです。

1階 廊下部分

なお、2階から階段を見下ろすと、腰板部分はハーフティンバー風になており、階段部分の照明に関しては、のちに付けられた物とのことです。

2階から階段部分を見下ろす

≪2階部分≫
2階部分は4部屋から成立し、洋室Eに関しては、ちょうど洋室Bの上部になります。
こちらの部分も、壁に関しては1階洋室Dと同じく柱見せる様式になっています。

2階洋室E

一方反対側の洋室Fに関しては、もともとは和室。
壁紙部分は、木下氏の手から様々な方の手に渡り、レストランに改造された際に変更されたもの。
右側の部分が出っ張っていますが、青和インターナショナルがレストラン経営する前に、こちらがレストランになり、食材用のエレベータが置かれたため、この形状になります。

2階洋室D

なお、2階廊下部分の形状は1階部分と同じく、腰壁部分に柱のデザインで、アクセントを入れています。
また、左側は、かつて部屋がありましたが、洋室Dで記述したように調理用エレベータが置かれたため、現在はバックヤードになります。

2階廊下部分

また、玄関ポーチ上はバルコニーになっており、こちらからは、大磯駅から、丘陵部分を臨むことができ、竣工当時は緑の一望を愉しむことができました。

2階バルコニー部分

あの、奥側には洋室Fがありますが、こちらのステンドグラスは竣工当時のものではなく、レストランに改造された際のものと言われますが、天井部分にはメダリオン(中心飾り)が置かれ、かつては換気口が設けられていました。

2階洋室F

なお、洋室Fの後ろは、サンルームになり、窓ガラスは、モダンなものになりますが、竣工当時からのもの。
また、縦側にはダイヤ型のガラスも飾られており、非常に手が込んでいます。
なお、当時のガラスは、作成工程から、日本人の身体だと小さなものしかできず、大きなガラスは諸外国から輸入されたものになります。

2階サンルーム

また、サンルームからは、大磯から相模湾を臨めますが、スパニッシュ瓦の屋根は、レストラン部分のもの。
かつて、この部分はテラスになっており、一面に相模湾ビューとなっていました。

2階サンルームから臨む

なお、屋根裏の3階は、現在はスタッフの方の休憩室のため、カタログより転載になりますが、になりますが、正面から見える両サイドのドーマー窓から、光が差し込み、非常に明るい室内になっています。

3階屋根裏部屋【カタログより転載】

≪編集後記≫
旧木下健平別邸に関しては、大磯駅から徒歩1分の場所であり、その瀟洒なルックスから、大磯の目印的なものになり、多くの方から親しまれました。
現在も人気レストランとして君臨し、日本にある2×4方式の最初期の邸宅として、これからも多くの方に愛されることを願ってやみません。

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