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また改めて楽しかった思いだけを詰め込んだ記事を別でアップしたいと思っているのだけれど、昨日aikoのLLP25@大阪公演に参戦してきた。

以下は読んでいて誰が楽しいねん!?というただただ私のモヤモヤを解消するだけのお目汚し記事になるので、そっ閉じしていただいてかまいません。
母との件をいつも隣でサポートしてくれている夫に聞いてもらうのも忍びないし、かと言って自分の中で消化することもできないので、いっそ記事に書いちゃおう!的なものになります。

そしてLLP25に関するレポなどは一切出てきませんので、ネタバレ踏みたくない!という方は心配には及びませんし、逆にレポを読みたい!っていう方にはなんのお役にも立ちませんので悪しからず。

アダルトチルドレンに関する話題なので、情報をシャットダウンしたい方はどうかここで退避してください。





今回のライブの参戦メンバーは私と夫、母と義妹(弟嫁)、2枚ずつしかチケットを取れないため弟はお留守番。


まず、申し込みの時点から前途多難だった。

思い返せば今まで母と二人でコンサートに行くときはファンクラブに入会、チケットの申し込み手続き、払い込み、チケットの管理、当日のルート確認、出発時間のすり合わせ、開演前のランチの店探しまで全部私がひとりで行っていた。
コンサート以外でもどこかに出かけたい!と言い出すのはいつも母で、それの行先決めから移動手段の確保などすべて私の役目だったし、実家暮らしの頃はそういうもんなんだなと思っていた。


今回ももろん例外ではなく「aikoのライブに行きたい!ファンクラブに入りたい!」からの「でもやり方が分からないからアンタがやって!」といういつものお決まりルーティンが発動し、公演一週間前になりアプリ上でチケットの発券ができるようになった段階でやり方を教えても「無理!わからない!家に行くからやってください!」の一方通行。

いやいや、家に来るなと。
私の安住の地である家になぜ気軽に来ようとするのだ、と。

どれだけ突然の訪問は困ると言っても、当日「今日仕事帰りに家に寄ります」をやめてくれない。
イレギュラーなことが起こると予定が崩れてパニックになるからと伝えても、「夕飯に一品足しになるからいいでしょ!」と押し付けに近い突発的なお裾分けもそうだ。その日に夫と外食の予定を立てていると翌日までイレギュラーが持ち越されるということも、理解しようともしてくれない。

この突撃予告のタイミングがちょうど先日のメンタルがぶれぶれで鬱々していた時期にぶち当たっていたので、心身の調子が良くないから当日早く実家に迎えに行くからその時に発券手続きをすることで落ち着いた。


そして義妹も義妹ですべて受け身かつ連絡が亀より遅く、チケットアプリへの登録の手引きから始まってライブにまつわるエトセトラもこちらから発信で伝えないと、自発的に調べるということがなく。
自分で「弟嫁ちゃんも誘いたい!」と言った張本人である母がそこまで気が回るわけもないので、私が必要な事柄をLINEで伝える→返信に2~3日かかるの繰り返しで最後まで詰め切れないまま上記のメンブレ時期にドン被り、「落ち合う駅と時間は決まったから細かい集合場所は当日決めよう」ということでひと段落つけたのだった。

義妹はいい子だ。みんなで集まるときにもすごく気を遣ってくれているし、マイペースな弟と交際期間が長かったけれど愛想をつかすことなく仲良くやってくれている。
このまま二人が末永く続いてくれることを姉としても願うばかりだ。

だがしかしね、あまり乗り気じゃない誘いはスパッと断ろう!?
社交辞令でも「いいですね、行きたいです!」って言ったなら責任もって最後まで付き合う覚悟決めよう???

そしてこれは母の責任だけれども、今まで何度も義妹の社交辞令を真に受けて「日程決めようと思っても返事がこないの!」とか、「なかなか予定を詰めて決められないの!」とか言ってるんだから、向こうから「行きましょう!」と前のめりで誘われたイベント事以外は全部乗り気じゃないと思って大人の対応をしてくれよ。頼むよ。

息をするように社交辞令を言う人間、その社交辞令をまともに受け取る人間、それに振り回される人間。
我が家の女性陣はこの3パターンに分類されるようだ。もちろん振り回されるのは言うまでもなく私である。




コンサート自体は全力で楽しかった。
隣に夫がいて、ステージには大好きなaikoがいる。

もう本当にここだけを切り取った記事を書きたい、楽しい思い出だけを残したいのでいずれこの記事は削除するつもり。あくまでもつもりだけど。


そんなライブ終わり。
義妹を乗り換えの駅まで見送って私と夫と母の三人での帰り道で、テンション高めに母が「またチケット取ってこのメンバーでaikoのライブ行きたいね」と言う。

母も義妹も楽しめたのなら何よりだ、そりゃaikoは最強で最高のパフォーマンスを魅せてくれた。私も夫も楽しくて鼻歌を歌っちゃうくらいだった。
でもこの場合の「また」は、またすべての工程を私が一手に引き受けた上で成立する「また」なのだ。少なくとも母の中では。

楽しい気分で帰りたかったけど、ここまでの流れですでに辟易していて我慢の限界だった私は簡単に首を縦に振れない。


不安障害の症状的に今まで通りすべての工程を引き受けることは出来ないこと。チケットの申し込み方法などは教えるから自分でもやる努力をしてほしいこと。「わからない!無理!」とこちらに丸投げすることはやめて欲しいこと。
全部全部洗いざらい順序だてて伝えた。が、私の真意が全然伝わっていない様子。

「ツアーの詳細が出たらアンタからまた声かけて、一緒に申し込みしよう!」
→母もファンクラブ会員でメールも届くんだから自分でも確認して。

「最近メールのチェックするのがめんどくさいからわからない」
→ここ最近私自身のメンタルの不調が続いているから、推し活から少しずつ離れようと思ってるから、私も情報を追えない。
※夫が「僕が気づいたらまた伝えますよ」とフォローを入れてくれる。

「じゃあ推し活から離れるってことは今後ライブとかは行かないの?」
→(広場恐怖症の症状が出て、先日の自担の舞台観劇を例にあげて)
本当は出来ることなら舞台も観に行きたかった。
でも今回のaikoのライブと日程が近かったし舞台は私ひとりの問題で済むけど、aikoのライブに行けないとなると私以外の3人(夫、母、義妹)に迷惑をかけることになる。チケットの受け取り方も分配方法も入場の仕方も誰も分からないから。
だから舞台の方を諦めて、aikoのライブを選んだ。私自身も行きたかったからこれで良かったと思ってる。

ただ、これからもみんなでライブに行きたいって思ってくれてるなら、自分でも手続きを出来るように覚える努力をしてほしいの。

「アプリの使い方もわからんことだらけやし、アンタがライブ行かへんのやったら私ももうファンクラブ辞めたらいいんやね!」
→※この時点で会話が成立しないことに呆然としてしまって言葉が出てこず、夫が「またやり方はその時に僕とナツちゃんで教えに行きます」と助け舟を入れてくれて、この会話はここで終了。


最後の逆ギレというか、そんなこと言ってないやん的に回答がきた瞬間にラランド・サーヤのお母さんヒス構文が頭をよぎったのは言うまでもない。

なぜこういうタイプの親はこちら側に罪悪感を抱かせるような言い方をするのだろう。
いろんなアダルトチルドレンの方のnoteを読みながら、マジで共感の嵐すぎて胃が痛む思いだったので、ひさしぶりに自分自身がまともに食らってしまって吐き気がした。

その後夫が運転をしながら3人の会話を回してくれて、母を送り届けてから眠りにつくまで私を労う言葉をたくさんかけてくれて、本当に申し訳なさと有り難さで気持ちがしんどかった。


夫は「すべてを真正面から受け止めずに適当に聞き流しておけばいいんだよ」と言ってくれるのだが、私にはかなりの高等テクニックすぎて出来る気がしない。
右から左に受け流せる日がくるまで私の戦いは続くのだろうし、きっとずっとこんな風に「母に理解してほしい気持ち」と「理解する気がない母への絶望」とのジレンマに苦しむんだろうなと思っている。

子どもの頃から「ナツちゃんとお母さんは仲良しだね!友達親子だね!」と言われ続けた末路がこれならば、多感な年頃である思春期にちゃんとした反抗期を過ごせて、大人になってからまっすぐな気持ちでお母さん大好き!と言える子の方がずっとずっと幸せだと思う。
素直に母親に甘えられる人を羨ましく思ってしまうのもやめたい。


毒親や機能不全家族、アダルトチルドレンに関する記事を読みながら当てはまる項目の多さに長年の疑問や違和感に答えが見つかった気持ちでホッとする気持ちが半分。それでも自分の親が毒親だと認めたくない気持ちの半分で心がズシンと苦しくなる。


今の不調が春という季節の変わり目がもたらすものだとしたら、とりあえずその変わり目を脱して落ち着きを取り戻したいところ。