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手土産はもちろん、アレでお願いします。

昨夜 ひさびさに夢に父が出てきた。


父の話はちょくちょくとnoteに綴っていたりするので ご存知の方もいらっしゃるかもしれないのだが、私が高校2年生の8月に他界した。享年39歳、自死だった。

なーんて書いたらこの後に続く文章が重苦しい内容なのでは、、、と読んでくださっている方のスクロールする指が止まってしまいそうなので、先に断っておくとまったく重くない。むしろ軽やかさに富んだ内容になる、はず。
例えるなら そう、カルビーのかっぱえびせんくらいの軽さを目指して書き進めてゆく所存。


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私の父の人物像をざっくりと説明すると ストレートで分かりやすい愛情表現が苦手で、不器用でぶっきらぼうなんだけど 心の奥では誰よりも家族のことを大切に思っているといったザ☆昭和の男といった感じの人物で。
見た目はアルコ&ピースの平子さんのようなガタイの良さと南国生まれかな?と思うほどに濃ゆくてイカツイ顔立ちなのに、内面は傷つきやすいお豆腐メンタルという本当に『ゴリラ』みたいな人だった。



まさしくこんな感じ。
実の父親のことをゴリラに例えるのは少々胸が痛むけれど、本当にこれ以上ドンピシャで分かりやすい例えが思いつかないのだ。許せ、父よ。


ここ数年の間にSNSで炎上し議論を巻き起こしているようなモラ夫系のネタにかなり当てはまるような父だったし、もしも今も父が元気に生きていたら バラエティー番組などでそういうモラハラ系の話題で盛り上がる度に「これパパのことちゃう?」とイジって気まずい顔をさせてみたい!というプチ仕返しを想像してはニヤニヤしてしまうけれど、なんだかんだ言って私は父のことが大好きだった。
過去形ではないな。父と共に生きた日々よりも死別してからの日々の方が長くなってしまったけど、今も変わらず大好きだ。


なんというか私自身への自己理解が深まるにつれて、父の不器用さや強すぎる責任感、何事にも真面目で手が抜けなかったところ、「こうありたい」と自分自身や家族への理想と完璧主義な部分が 今の自分と重なりすぎて、親近感を覚えているといった方がしっくりくるかもしれない。
私は見た目がかなり母に似ているのだけども、内面的な意味では限りなく父譲りのものが多いのだと思う。


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夏が大好きで、その大好きな夏に死んだ父は 年に1~2度私の夢に出てくる。決まっていつも一番お気に入りで棺の中にも入れて見送った黄色のTシャツ姿。
こんがりと日に焼けた肌に明るめの茶髪、それに加えてプロレスラーのように大きな身体という 本当に医療従事者なのか身内でも疑いたくなるような出で立ちの父には 向日葵のような黄色がよく似合った。

そんな父の眠る墓は公園墓地にあり、母が住む市街を一望できる上に 私たち夫婦の新居からも車で5分もかからないくらいの好立地。家族で選んだ父の墓は洋風な出で立ちをしていて、生前大好きだった向日葵が彫られていて ベタなものが嫌いな父にピッタリなデザインだ。
公園墓地ということでふらっと訪れやすいため、私はドライブスルー感覚で父の墓によく足を運ぶのだが(命名:ドライブスルー墓参り)、その度に手を合わせ決まって祈りをささげるのだ。





「SUPER EIGHT(関ジャニ∞)のライブのチケットを当ててください。つきましては今回のツアーの日程は、、、」




ええ、皆さんが思ったことは手に取るように分かります。
「故人の墓前で神頼みって何事!???」ですよね、分かります分かります。

ただ、勝手に自分の意志で家族を置いて旅立った父を許してはいないので、これくらい(?)愛娘のワガママを聞いてくれてもいいでしょう!という気持ちで 毎回墓を訪れる度に念を送っている。
これが不思議とね、この神頼みならぬ父頼みを始めてから「行きたい!」と思ったライブやイベントは大体当たっているのが凄いなと思う。

そしてこれも不思議なんだけど、夫と結婚してからチケットの当選祈願をする対象がSUPER EIGHTの他に なにわ男子とSnow Manが増え、最近ではtimeleszまで範囲を拡大したのだけれど、初回は必ずと言っていいほど当たらない。
この現象を私は「2007年に父が亡くなった当時は居なかったグループだから認識できてないんだな」と勝手に解釈している。だから何度も通って グループ名を覚えてもらう必要があるみたい。父よ、頑張ってくれ。

加えてツアーが決定してから申込み期間までに父頼みに行かないと当たらない。
きっと父的にも「俺に頼みに来るのも面倒くさいと思う程度のモチベーションなら当たらんでええやろ」といったところだろうか。それはこちら側の熱意が足りてないから落選でも仕方ない、と思うことにする。


独身時代はよく「(チケットを当ててくれなければ)結婚することになってもパートナーを会わせずに嫁に行くからね!」とか、「将来孫ができても会いに連れてこないからね!」などというえげつない脅し文句を多用したものだ。
当時は結婚の話が出るような恋人も居なければ、将来子供を持つ予定すらなかったけれど、そんなのお構いなしである。

今では私以上に「お義父さんのお墓参り行かなくていいの?」と気にかけてくれる夫と、我が家のハイパーアルティメットギガンティック可愛いちゃん(愛犬)を連れて会いに行ってるんだから 大目に見てほしい。あと、今年の年末にある京セラドームでのtimeleszのチケットも欲しい。神様仏様お父様、どうかひとつお願いいたします。


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すっかり話が脱線してしまったけれど、夢の話をひとつふたつ。


ある日の夢では 仕事から帰宅するとクーラーがよく効いた実家のリビングで父・母・弟となぜか阿部サダヲがキムチ鍋を囲んでいて、確実にこの場面の一番の違和感の正体であるサダヲの存在よりも 真っ先に父が居ることに驚きを隠しきれず、「お邪魔してます」とビールを片手に私に会釈するサダヲを無視して父に詰め寄る。
「どこ行ってたの?」「いつ帰ってきたの?」「マジで意味分からないんだけど!」と通勤バッグを投げ捨てて矢継ぎ早にガン詰めする私に、バツ悪そうな顔の父。まぁまぁと宥めようする母と弟とサダヲ。

私たちがすったもんだしている間にもグツグツと煮立っているキムチ鍋に目をやり、美味しそうだなぁとお腹が空いたのを感じた瞬間 気付いたら朝だった。
どうせ夢の中の出来事なら太る心配もないんだし、ぷりぷり怒りながらでもキムチ鍋食べてやればよかった!!!私だけ一口も食べられなかったことが悔やまれる。



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そして昨夜見た父の夢は 父が運転する車の助手席に座り、二人でドライブをしていた。

私たち家族が一番大好きでたくさんの思い出が詰まった黒のステップワゴン。
いつも助手席は母の特等席だったけど、時々隙をついて助手席に乗り込み 運転する父の姿を眺めるのが好きだったなぁ。

遠出をするときは3列シートの2列目が弟の、そして3列目は私のテリトリー。ベッドみたいにゴロゴロしながら漫画を読んだり、窓の外を眺めながらいっちょ前に物思いに耽るのがなんだかオトナになった気分で楽しかった思い出。

そんなステップワゴンの助手席から父の横顔を眺めていたら、不意に「おい、」と話しかけられる。前を向いたままの父が続けて「最近どうや?旦那とは上手くやってんのか?」と私に聞く。
相変わらずゴツゴツとしてぶっきらぼうな口調だなと思いながらも、それがなんだか懐かしく感じて「めっちゃラブラブよ!毎日楽しくやってるで」とおどけて答えると、父がチラリとこちらを見て「そうか」と安心したように呟いた瞬間、目が覚めてしまった。



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いっつもそうだ。自分の言いたいことや聞きたいことをこちらにぶつけたら気が済んで、すぐにふいっとどこかへ行ってしまう。
こちらサイドの人間はいつだって不完全燃焼のまま。あれは一体どういう意味だったんだろう?と答えのない問いをぐるんぐるんと考え続けなければいけない。めちゃくちゃ腹立つ、まったくもう。


夢は日中に得た情報を頭の中で処理するために見ているとか、自分の深層心理での願望や悩みなどが現れるというが、父の夢に関しては 父からのアンサーソング的なものだと捉えている。
現に母や弟の夢にはほぼほぼ出てこないらしい。まぁ、母の夢には怖くて出られないか。絶対キレられるか、最悪口聞いてもらえないもんね。


という小嫌味を挟みつつも 本音を言えばどうせ気が向いたときに夢に出てくるのなら、得意料理のペペロンチーノとトマトクリームパスタと特製カレーを食べさせてくれればいいのに。
生前に教えてもらったコツや隠し味を真似してみても、全然父の作る味には遠く及ばなくて悔しいから もう一回作り方教えてくれたらいいのに。


とりあえず次に私の夢に出てくるときには材料全部用意して、私の新居まで来てください。
手土産はコンサートのチケットでいいからね。忘れないでね。