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「なぜ?」と考えると、少しだけ見えるものが変わる

ニューヨークに来てから、「なぜだろう?」と考えることが増えました。

例えば、ニューヨークの地下鉄で20ドル札を入れたら、お釣りが出てこなかったことがあります。

「なぜお釣りが出ないんだろう?」

と思って駅員さんに聞いたところ、その券売機はお釣りが出ないタイプでした。よく見ると「NO CHANGE GIVEN」と書いてある。

日本だったら、こういうときは駅員さんが対応してくれることも多い。でも、ここでは違う。

最初は「不便だな」と思っただけでしたが、後から考えると、自分が日本の常識をそのまま当てはめていただけだったことに気づきました。

語学学校でも「なぜ?」と考える機会があります。

最近は企業のマスコットやシンボルについて、なぜこの色なのか、なぜこの形なのか、誰をターゲットにしているのかを英語で考え、クラスメートと話しました。

以前の僕は、誰かが言った意見に「僕も同じです」と答えることが多かった。

でも、英語が上手く話せなくても、「僕はこう思います」と言ってみることで、自分の考えを言葉にする機会が増えてきました。

ドラムでも同じです。

ジャムセッションに行くと、自分より上手い人がたくさんいる。

「なぜ自分はこの人たちのように叩けないんだろう?」

と落ち込むこともあります。

でも、そこで終わらず、先生からもらったアドバイスを次の授業まで練習してみる。セッションに行って試してみる。

すると、少しずつできなかったことができるようになる。

最近では、アンサンブルの先生から「この学校でドラムを続けてほしい」と声をかけてもらい、週4回の授業を授業料なしで受けられることになりました。

「なぜ自分に声をかけてくれたんだろう?」

と考えてみると、最初に自分の覚悟を伝えたことや、先生からの助言を次の授業までに練習していたことが思い浮かびました。

こうして振り返ると、僕にとって「なぜ?」は、答えを知るためだけの疑問ではないようです。

疑問に思う。
少し考える。
実際にやってみる。
また疑問が出てくる。

その繰り返しの中で、自分の考え方や行動が少しずつ変わってきました。

ニューヨークでの残りの留学期間も、分からないことや気になったことをそのままにせず、「なぜだろう?」と一度立ち止まってみたいと思います。

そこから何を学べるのかは、やってみないと分からないので。

今日もありがとうございます。

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