ストレス耐性と心の受け止め方 — プラシーボ効果・ノセボ効果から学ぶ成長の技法
一、 ストレスの真義と心を鍛える必要性
「ストレス」という言葉は、もともと物理学や構造力学において「外部からの力によって物体に歪み(ひずみ)が生じた状態」を表す用語でした。1936年にカナダの生理学者ハンス・セリエ博士が、人間も寒さや感染、精神的負荷といった外部の刺激を受けると物体同様に「歪み」が生じることを発見し、これを「ストレス学説」として発表したことで、医学や心理学の領域でも広く知られるようになりました。
物体も心も、過度なストレスがかかり続ければ歪みが戻らなくなり、折れてしまうことがあります。しかし一方で、刃物鋼は適度な負荷や圧力を加えられて研ぎ澄まされることで、強靭で鋭利な刃物に仕上がります。負荷を与えられない金属は、鈍刀(なまくらがたな)のまま使い物になりません。
これは人の心にも同じことが言えます。本来、ストレスが完全に存在しない人生などあり得ません。過度にストレスを嫌って過敏になり、挙句の果てに何でもハラスメントだと逃げてしまうことには問題があるのではないでしょうか。もちろん許されないハラスメントは根絶すべきですが、過剰にハラスメントを主張する「ハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)」の存在も無視できません。自分自身を刃物として「鈍(なまくら)」のまま終わらせたいと願う人など、誰もいないはずです。
二、 心の思い込みが生む「プラシーボ効果」と「ノセボ効果」
ストレス耐性を高める上で深く考えていただきたいのが、「プラシーボ効果」と「ノセボ効果」です。
プラシーボ効果とは偽薬効果として知られています。例えば、不眠を訴える患者に対し、名医が「これ以上の強い薬は体に負担がかかる」と考慮し、ただの栄養剤を「新しく開発された非常によく効く新薬です」と言って手渡すとします。医師と患者の信頼関係が強く、権威があるほど、患者は次の診察で「よく眠れました」と感謝を述べることがあります。自身の「思い込み」が身体にプラスの影響を及ぼした結果です。
一方、ノセボ効果はその真逆です。「この薬を飲めば副作用が出るのではないか」と過剰に心配すると、薬理効果のない成分であっても、自身の「思い込み」によって本当に副作用のような症状が現れてしまいます。
ストレスに対して過敏症になると、知らず知らずのうちにこのノセボ効果を助長させることになります。心の受け止め方ひとつで、良くも悪くも身体や人生に大きな影響を与えてしまうのです。
三、 試練としての受容と「麦踏み」「苦労は買ってでもせよ」の精神
「苦労は買ってでもせよ」という古くからの言葉がありますが、これは闇雲に苦痛を求める意味ではありません。自身を鍛え磨き上げるための「必要な負荷」として苦労を受け止める姿勢を指しています。
農作物における「麦踏み」が良い例です。冬の寒い時期、伸びかけた麦の芽を踏みつける作業を行うことで、麦は傷つくどころか根を深く強く張り、春には力強く大きく育ちます。人間にとってのストレスや苦労も、まさにこの「麦踏み」と同じ役割を果たしているのです。
私自身、何か不運やアクシデントが降りかかった際には、嫌悪するのではなく「自分は試練を与えられる存在として天地自然・大宇宙に選ばれたのだ」と受け止めるようにしています。思いがけない困難は「天から与えられたイエローカード」であり、まずは即座退場の「レッドカード」ではなかったことを喜びます。そして「大自然は越えられない試練は与えない」と自分に言い聞かせ、刃物鋼として選ばれた喜びに意識を切り替えるのです。
四、 スモールステップによる克服と望ましい人生の果実
世間から見れば「ストレス」と映る出来事も、自分の意識の持ちようによって「試練」へと変わります。それに対して明るく愉快に、喜び勇んで取り組むことで、いつしか試練を乗り越え、一皮剥けた新しい自分に出会うことができます。
ただし、最初から巨大な試練に立ち向かう必要はありません。日々の小さな苦労や課題を一つずつクリアしていく「スモールステップ」の実践こそが重要です。小さなハードルを越える経験を積み重ねることで、確かなストレス耐性と乗り越える習慣が身につき、やがて直面する大いなる試練さえも自然と乗り越えられるようになっていきます。
ストレスをただ嫌って隠蔽したり逃げ回ったりしていては、自分自身が「鈍」のまま残されるだけです。その結果、自ら望まないノセボ効果の悪循環へと舵を切り、健康も人生も台無しにしてしまう「虻蜂取らずの一生」を過ごすことになりかねません。
試練を成長の糧(麦踏み)と捉え、小さなステップから前向きに取り組むこと。その心の姿勢こそが、ノセボ効果の呪縛を解き、豊かでたくましい人生を切り拓く鍵となるのです。
