データサイエンスだけではMIはできない——科学の知識が果たす役割
マテリアルズインフォマティクス(MI)は、機械学習を使って材料開発を効率化するアプローチです。データを集めてモデルを作る——そう聞くとデータサイエンスの話に見えます。でも実際に支援の現場に入っていると、科学の知識がないとできないことがたくさんあると感じています。
測定値の背後にある現象を見る
顧客が持ってくるデータは、多くの場合「出てきた結果の数値」です。実験して測定した値、製品の特性として記録された数字。それをそのまま機械学習に入れようとします。
でも、その数値の背後には物理・化学の現象があります。最終的な測定値は、複数の現象が重なって表れたものであることも多い。その現象を特徴量として表現できないと、モデルは表面の数字しか学べません。
科学の知識があると、「この結果に影響しているのはどういうメカニズムか」という問いが立てられます。そして「その現象を表す変数がデータの中に入っているか」を確認できます。
「このデータで足りますか」と言えるかどうか
科学の知識がない状態では、持ってきてもらったデータをそのまま使うしかありません。データの良し悪しを判断する軸がないからです。
でも、知識があると「この現象を表現する変数が入っていない」と指摘できます。「このデータだけでは、モデルが学ぼうとしている現象を説明できていないかもしれない」と言える。
これはモデルの精度を上げるより前の段階の話です。そもそも何を説明変数に選ぶかというデータ設計の段階で、科学の知識が効いてきます。精度が出ないとき、アルゴリズムを変える前にデータを疑えるかどうか。そこが分かれ目になることが多いです。
また、説明変数は「考えられるものを全部入れれば良い」わけでもありません。現象への理解があると、「この2つの変数は同じ物理現象を別の形で表しているだけだ」という判断ができます。そういう変数を両方入れると多重共線性が生じ、モデルの解釈が難しくなったり精度が落ちたりします。何を入れるかだけでなく、何を入れすぎないかの判断にも、科学の知識が効いてきます。
研究者出身であることの別の価値
もう一つあります。顧客との関係の話です。
顧客の分野と自分の専門が完全に一致することは稀です。でも、科学的な背景を持っていると、顧客が持ってくるデータの文脈を理解できます。「なぜこの測定をしているのか」「この値が高いとどういう意味があるのか」——そこを理解した上で特徴量の提案やモデルの解釈ができると、サポートの質が根本的に変わります。
データサイエンスの知識だけで支援しようとすると、数字の処理はできても「その結果が現場で何を意味するか」の判断が難しくなります。科学の文脈を持っている人間がいると、「このモデルが重要だと言っている変数は、現象としても説明がつく」という確認ができます。それが技術的な信頼性につながります。
加えて、研究開発の現場を経験していると、研究者が何に悩んでいるかもわかります。実験がうまくいかないとき、データが思うように集まらないとき——そういう苦労を知っている人間が話し相手にいると、顧客の安心感も違います。技術的な信頼と、経験から来る共感、その両方が重なって関係が作られていくと思っています。
複数領域を学び続けるコスト
正直に言うと、顧客の研究分野と専門がぴったり一致している人間がいれば、それが一番良いです。同じテーマを研究してきた人間が支援する方が、細かい文脈まで理解した上でサポートできます。
でも現実には、そういうマッチングは難しいです。研究分野は多岐にわたりますし、顧客が求めているのは早く結果を出すことです。「化学のバックグラウンドがあります」だけでは、そのギャップは埋まりません。
だからこそ、顧客の領域に関するキャッチアップが必要になります。現場で実験しているわけではないけれど、顧客の研究文脈を理解するための情報収集や勉強は継続しなければならない。データサイエンスの知識も更新し続けなければならない。やることは多いです。
ただ、その複数の領域が重なっているところに自分の価値があると思っています。化学のバックグラウンド、データサイエンスの知識、そして顧客領域への継続的なキャッチアップ——その掛け合わせが希少性を生みます。
正直なところ
科学の知識がMIで果たす役割は、表に出にくいです。モデルの精度やアルゴリズムの話の方が見えやすい。でも実際には、データを設計する段階、特徴量を選ぶ段階、結果を解釈する段階、どこでも科学の知識が効いています。
「データサイエンスができます」だけでは、MIの支援は難しい。それは自分の経験から確信を持って言えることです。
材料研究×データ活用の実務的な話は、「データ活用の実務」マガジンにまとめています。
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