夢とは?可能性とは?
夢を信じて と、徳永英明は歌った
夢見る少女じゃいられない と、相川七瀬は歌った
子供 寝顔に夢を と、吉幾三は新日本ハウスのCM(Dream)で歌っていた
皆さんに夢はあるだろうか
やめ太郎には夢はない
いや、かつてはやめ太郎にも夢があった
いつの間にか見失ってしまった
現実に捉われて、実現可能な選択肢を選ぶようになった
小学校の頃の夢は野球選手やサッカー選手
中学校や高校では小説家になりたかった
高校1年のころ担任との進路面談で小説家になりたい、と言ったらそのためには学年トップの成績を取ってできるだけ偏差値の高い大学に入れといわれた。
学年トップになったけど、小説家にはなれなかった。
もしあの時に、偏差値を上げろではなく、まずは小説を書いてみろと言われたら、やめ太郎は偏差値の高い大学じゃなくて小説が書ける大学を目指していたのかもしれない。
自分の努力不足だったことは勿論だけど、夢の実現にはそれを支えてくれる指導者が不可欠だ。
そして心から打ち込める何か≒夢に出会えるかどうかがその後の人生の進路を大きく左右する。
そういう意味ではやめ太郎は本当に好きなものに出会うことができなかった。
漫画、宇宙兄弟が完結した。
印象的なセリフにこんなセリフがあった。
空は誰のものでもない、人生は自分のものだ。人生はコントロールが効く。
世の中どうにもならないこともあるけど、自分の人生は努力次第でどうにでも輝かせることができる、とやめ太郎は解釈している。
これは宇宙兄弟の兄に向けたNASAの教官の言葉だ。
46歳にもなると自分自身の人生に夢といった大それたものはない。
やめ太郎の今の役割は愛娘のやめ子の夢を応援すること、娘が夢をみつけられるように出来るだけ多くの”きっかけ”に触れさせること、だと思っている。
この夏やめ子はチャリンコに乗れるようになり、口笛を吹けるようになり、ひらがなを少し読めるようになった。英語はかなりうまい。
やめ太郎が5歳の時には多分どれも出来なかったと思う。
そんな娘のささやかな1日1日をサポートするのが父の役割だ。
先週から学校が始まった。
長らく予約待ちしていた水泳教室も始まった。


I have never been to the moon.(月に行ったことはないけれど) 努力すれば、いつか月にだっていけるかもしれない。
好きなものを見つけてあげること、得意なことをさらに伸ばしてあげること。 親としても、まだまだスタートラインだ。
……と、格好いいことを言っておきながら。 46歳になったやめ太郎にも「ちょっとした夢(ささやかな野望)」がある。
それは、いつの日かのニュージーランド移住だ。
その為にこの夏からアルバイトをはじめた。
まあたったの週1回〜2回だけど。
オランダ移住の際にニュージーランドやカナダ移住も検討したんだけどその2カ国は移住ハードルが高くて諦めたのだ。
ニュージーランドは結構な資産家でかなり英語がペラペラで手に職を持ってないとなかなか移住できないのである。
でも高校時代に8ヶ月滞在したNZでまたいつか住んでみたいというささやかな夢を持っている。
まあ、フライフィッシングがしたいだけなんだけど。
調べてみると、調理技術や料理人としての経験があれば移住の際に優遇されるらしい。 「なら、料理が上手くなればええやん」ということで、アジアンフュージョン系のレストランで働くこととした。
今の所、大量の皿を洗ったり、掃除したり、ただただエビフライを揚げたりだけど。そのうちに太巻きとかも作れるようになりたい。
一方で、賄い飯がうますぎる問題がある。
夕方3時からのシフトに入ると夕方4時と夜の9時に熟練の中国人シェフが余った高級食材を使って激うま飯を作ってくれるのだ。
1日2回の賄い飯!
それに賄いが余ったらやめ太郎が持ち帰ることもある。

うますぎる



こんな感じでいつも食べ放題状態
アルバイト代をもらい、食費が浮き、
副産物として急速にデブ化が加速している。
夢を追うはずが夢のようなアルバイト生活がスタートしてしまった。
あー、お仕事したい。
