人を繋ぐ才能が、5倍の豊かさに変わるまで。|Session1
人には、生まれたときから与えられているものがあります。
人より優れている能力とは限りません。
本人にとっては、あまりにも自然にできてしまうため、それが価値のあるものだと気づいていないこともあります。
けれど、その人が本来の流れに乗り始めると、今まで報われなかった資質が、仕事やご縁、豊かさとなって返ってくることがあるのです。
今日は、私のセッションを受けた、ある男性の話を書こうと思います。
■40代男性:個人事業主のお話
会社を辞めた、その足で
今から5年ほど前、ある知人の男性が私のセッションを受けに来られました。その日は、彼が勤めていた会社を退職した日でした。
会社を出たその足で、私のところへ来たのです。
彼は、とてもフットワークの軽い人でした。
誰かから誘われれば、どこへでも気軽に顔を出す。人と知り合えば、「この人達はきっと合う」と感じた人同士を繋ぐ。
人付き合いがよく、気さくで、誰かのために動くことを惜しまない人でした。
しかし、その行動が彼自身の仕事や収入に結びつくことは、ほとんどありませんでした。
たくさんの人に会い、誰かのために動き、ご縁を繋いでいる。それなのに、人のよさを利用されることはあっても、彼の働きに見合う対価が返ってくることは少なかったのです。
家族からは、「いつもフラフラしている」と思われていました。
周囲の人からも、「人は悪くないけれど、何をしているのかよくわからない人」という印象を持たれていたようです。
行動していなかったわけではありません。むしろ、人一倍よく動いていました。
それでも、彼が注いできた力は、彼自身の人生を豊かにする実りにはなっていませんでした。
短い時間のセッション
その日、彼には次の予定があり、あまり時間がありませんでした。
私はセッションについて十分な説明をすることもできませんでした。必要なことをすべて行い、そのままお帰りいただきました。
今振り返っても、私の中に残っているのは、それくらいの印象です。
それから彼に会うことはなく、不思議なほど連絡を取る機会もありませんでした。
再会したのは、ちょうど一年後のことです。
エレベーターの扉が開いた先に
ある日、私が駅ビルのエレベーターから降りようとすると、扉が開いた先に、偶然彼が立っていました。
彼を見た瞬間、以前とは違うものを感じました。
彼のまとっている空気が、とても軽やかで明るかったのです。
思わず私は、「久しぶり。どうしていたの?」と声をかけました。
彼は、尊敬できる経営者と出会い、その方のもとで販売の仕事をしていると話してくれ、とても楽しそうでした。
出会いに恵まれ、さまざまな場所へ出向き、精力的に仕事をしている。その姿からは、以前のような「動いているのに、何にも繋がらない」という印象が消えていました。
さらに、彼がその時に教えてくれたものは、当時の私にも必要な情報でした。
彼を通じて知った商品は、その後、私や周囲の人たちの健康や美容に役立つことになります。
人と人を繋ぐという、彼が以前から持っていた力が、彼自身の人生の中でも働き始めていました。
収入は、以前の5倍以上に
その後、私は引っ越しをして、彼とは離れた場所に住むようになりました。
さらに一年ほど経った頃、彼から連絡がありました。出張で私の住む地域の近くに来るというので、一緒に食事をすることになったのです。
そこで近況を聞いて、私は驚きました。
彼は福祉事業のコンサルティングに携わり、複数の会社と顧問契約を結んでいました。毎月、固定の顧問料を受け取りながら、別の事業にも取り組んでいる。
そして収入は、セッションを受けた当時の5倍以上になっていました。
彼は、「今があるのは、あなたのおかげです」
と感謝を伝えてくれ、その日の食事をご馳走してくれました。
もちろん、セッションの後に現実を生きたのは彼です。
出会った人を大切にし、求められた場所へ足を運び、仕事を形にしていったのも彼自身でした。
私は、彼の代わりに仕事をしたわけでも、誰かを紹介したわけでもありません。
それでも彼は、自分の人生が変わり始めた起点は、あの日のセッションだったのだと感じてくれていたのです。
変わったのは、収入だけではなかった
それ以来、彼は出張でこちらへ来るたび、近況報告を兼ねて私を食事に連れて行ってくれるようになりました。
彼の周囲にいる人たちも、以前とは変わっていました。
事業を真剣に育てている経営者や、自分の仕事を通して社会をよくしようと考えている事業家たち。現実を力強く動かしながらも、人としての温かさを失わない人たちとの繋がりが、次々に生まれていました。
住まいも、以前より広く快適な家へ移りました。
そして何より、彼を見る家族の目が変わりました。
「いつもフラフラしている人」ではなく、社会の中に役割を持ち、人から必要とされ、その働きにふさわしい対価を受け取る人として認められるようになったのです。
人生のギフトを開くのは、人間の努力ではない
彼は、セッションを受ける前から、人を繋ぐ力を持っていました。
人と会い、その人を感じ取り、必要なご縁を結ぶ。
それは、彼の魂に与えられていた「人生のギフト」の一つです。
けれど、持っているだけでは、それが開かれていることにはなりません。
以前の彼は、その力を惜しみなく使い、人一倍行動していました。それでも、人の役には立っても自分の仕事にはならず、感謝はされても対価を受け取れない状態が続いていたのです。
彼の努力が足りなかったのではありません。
努力を増やせば、自分の力で開けるものでもなかった。
私はあの日、神様の手足として、彼に必要なことを執り行いました。
人生のギフトを開く御業を行うのは、神様です。
私は、その光をこの現実へ降ろす媒体として、この座にいます。
私が彼に新しい才能を与えたのではありません。
彼の魂にすでに与えられていたものを、神様が開いたのです。
そして開かれたものを使い、出会いを生かし、信頼を積み重ね、仕事や豊かさとしてこの現実に育てていったのは彼でした。
神様が行うことと、人間が行うこと。
その二つは、同じではありません。
人間の努力では開けないものがある。しかし、開かれた後の人生をどう生きるかは、その人に委ねられています。
豊かさは、一つの流れとして現れる
彼に起きた変化は、収入が5倍以上になったことだけではありませんでした。
出会う人が変わり、仕事が変わり、住まいが変わった。そして、家族から向けられる眼差しまで変わりました。
彼が持っていた力が、周囲の人のためだけに使われるのではなく、彼自身の人生にも豊かさとなって返り始めたのです。
豊かさとは、単にお金が増えることではありません。
自分に与えられているものが、人や社会の役に立ち、その働きにふさわしい信頼や対価が返ってくること。
自分を利用する人ではなく、互いの志を理解し、尊重し合える人たちと出会うこと。
仕事、お金、人間関係、住まい。それらが別々に変わるのではなく、一つの大きな流れとして動き始めることがあります。
彼の人生に起きたことは、その一つの実例でした。
私は未来を決めることも、同じ結果を約束することもしません。
ただ、神様の前で、その方に必要なことを誠実に執り行います。
その先の人生を生きるのは、その方自身です。
けれど、人間の力では触れられない場所に神様の光が入った時、それまでどれほど動いても繋がらなかった人生が、現実の中で動き始めることがあります。
努力するのは、人間です。
人生のギフトを開くのは、神様です。
私は、その御業がこの現実に現れる瞬間に、これまで何度も立ち会ってきました。
※ご本人が特定されないよう、一部の表現を調整しています。記載している変化は一個人の事例であり、現れ方は一人ひとり異なります。
