大学受験に起きた奇跡|Session3
時として願いが叶うことだけが、神様の御業とは限りません。
望んでいた道が突然閉ざされ、その時には失望するしかなかった出来事が、後になって、もっと大きな恵みへ続いていたと分かることがあります。
今回は、大学受験を控えていた、ある女性のお話です。
お母様から託された娘さん
もともと、彼女のお母様が私のクライアントでした。
何度も私のもとを訪れてくださり、ご友人も何人も紹介してくださった、とても厚い信頼を寄せてくださっていた方です。
ある時、そのお母様から、大学受験を控えた娘さんを紹介されることになりました。
娘さんは成績がとても優秀で、希望する大学の推薦枠を目指していました。その高校には毎年、希望する大学から数名の推薦枠があり、彼女はその大学一本に絞り、高校生活の長い時間を受験に向けて費やしてきたそうです。
お母様は娘さんの明るい未来を願い、彼女を私のもとへ連れて来られました。
そして私は、彼女にセッションを行いました。
私も、彼女が希望している大学へ進めたら良いなとは思っていましたが
けれど、セッションの後に、現実がどのような形で動くのかは、私にも分かりません。
私は未来を決めることも、願った結果を約束することもできないのです。
ただ、その方にとって必要な事が起きてくることを信頼するのみです。
毎年あった推薦枠が、突然なくなった
それからしばらくして、お母様からメールが届きました。
そこには、思いもよらないことが書かれていました。
毎年あったはずの希望大学からの推薦枠が、今年に限って一つもなかったというのです。
不合格になったのではありません。
そもそも、受けることすらできなくなってしまったのです。
その大学の推薦を目指し、高校三年間を費やしてきた彼女にとって、それはあまりにもショックな現実でした。
成績が足りなかったわけでも、努力を怠ったわけでもありません。
彼女自身にはどうすることもできない理由で、目指してきた道が突然消えてしまいました。
私も、「そんなことがあるのだな」と残念に思いました。
それでも、この出来事には必ず意味がある。
目の前の出来事だけで判断せず、私は神様の御業を信頼していました。
思ってもいなかった、もう一つの大学
彼女は、それまで目指していた進路を変更しなければならなくなりました。
そこで、お母様と学校の先生が、次に推薦を受けられる大学を探し始めました。その中から、お母様が一つの大学を見つけ、娘さんに紹介したのです。
それは、それまで彼女が考えていた方向とは違っていたため、最初はあまり乗り気ではなかったそうです。
けれど、推薦入試という機会を生かすために気持ちを切り替え、その大学へ挑戦することになりました。
そして彼女は、その大学に推薦で見事合格しました。
しかし、起きたことは、それだけではありませんでした。
合格とともに与えられたもの
彼女の合格は、ただの推薦合格ではありませんでした。
それまで積み重ねてきた優秀な成績が認められ、彼女は返還する必要のない奨学金を受け取ることになったのです。
さらに、生活を支えるための支援金も受け取れることになりました。
彼女の家庭では、シングルマザーのお母様が懸命に家族を支えていました。その家庭の状況も支援の背景にはありましたが、何より彼女自身が努力を重ね、優秀な成績を残していたからこそ受け取れたものでした。
そして、突然進路を失った娘さんのために諦めず、別の可能性を探し続けたお母様が、その大学を見つけたことも欠かせません。
娘さんの努力。
娘を思うお母様の願い。
学校の先生の支え。
それらが、思いもよらなかった一つの大学へと繋がり、合格だけでなく、これからの学生生活を支える現実的な恵みとなって返ってきたのです。
彼女が当初思い描いていた大学とは違いました。
けれど、新しく現れた道の先には、入学の機会だけではなく、経済的な支えまで用意されていました。
ご家族は、心から喜んでおられました。
願いと違う形で現れる御業
もし、最初に希望していた大学の推薦枠が例年どおり存在していたら、彼女は迷わず、その大学を受験していたでしょう。
そうなれば、別の大学を探すこともありませんでした。お母様が新しい大学を見つけることも、返還不要の奨学金や生活支援を受ける道へ進むこともなかったかもしれません。
推薦枠がなくなったと知らされた時、そこに恵みがあるとは、誰にも思えなかったはずです。
彼女に見えていたのは、高校三年間をかけて目指してきた道が消えたという現実だけでした。
しかし、そこで終わりではありませんでした。
一つの道が閉ざされたことで、それまで思ってもいなかった道を探すことになり、その先で彼女の努力が、合格と経済的な支援の両方として実を結んだのです。
神様の御業は、いつも人間が願った形で現れるとは限りません。
時には、叶ってほしいと願っていたものが失われることもある。
その瞬間には、なぜそのようなことが起きたのか理解できません。けれど、目の前の道が閉ざされたことと、未来まで閉ざされたことは同じではないのです。
私は、セッションの後に起きることを決められません。
ただ、その方の人生へ神様の光を降ろし、そこから現れてくるものを信頼するのみです。
彼女の努力がなければ、この結果はありませんでした。
お母様が娘さんの未来を諦めず、別の大学を探さなければ、新しい道も見つからなかったでしょう。
けれど、人間の努力や計画だけでは説明できない形で、必要なものが重なり、一つの未来へ結ばれていくことがあります。
あの時、消えてしまったと思った道の先で、彼女は新しい人生を歩き始めました。
神様の御業は、願いをそのまま叶えることではなく、人間の願いを超えた場所へ、その人生を運ぶことがある。
彼女とご家族に起きたことを通して、私はそのことを改めて感じました。
※ご本人が特定されないよう、一部の表現を調整しています。記載している出来事は一個人の事例であり、現れ方は一人ひとり異なります。
