ぼくが清掃アルバイトを続ける理由
短期集中決戦から長期持久戦へ
今回は、現在生業としている清掃アルバイトの話をする。これまであまり言及してこなかったけど、2ヶ月ほど前に金子晴子さん(X:@kanekoharuko/Instagram:kanekoharuko1)の『前職・図書館司書』(生活綴方出版部)を読んで、どこかで自身の生業や仕事観について書きたいと思っていたんだよね。
で、少し遠回りにはなるけど、まずは清掃のアルバイトを始めるに至った経緯から書かせていただく。
僕は歴史小説の書き手として、自身の作品をなるべく多くの方に楽しんでもらいたいと思っている。そのためには知名度が必要で、インターネット全盛時代とはいえ、全国の書店に著書が並んだり、新聞に広告が掲載されたりする影響はまだまだ大きい。だから、やはりプロ作家として(=出版社と契約して)デビューするのが何だかんだで一番の近道だと考えている。
ただ、新人賞を受賞してデビューできるのはほんの一握りの人間だけである。もっと言えば、プロ作家としてデビューしたにもかかわらず、諸々の理由で二作目以降が出せずに文壇から去る方も多いと聞く。
僕は2021年3月に会社を辞めた段階では、貯金を切り崩して執筆に全力投球し、「2~3年以内にプロデビューできれば御の字」と楽観的に考えていたけど、当然ながら現実はそう甘くなかった。それでも、僕には死ぬまでに書いておきたい物語がたくさんあり、あくまで「小説の執筆を人生の中心に据えたい」という気持ちは変わらない。
そこで僕は、戦略を「短期集中決戦」から「長期持久戦」へと切り替えることに決めた。すなわち、貯金にまだ余裕があるうちに、何らかの安定的な収入源を確保し、収支のバランスを整えることで、長期的に執筆を行える体制を築こうと考えたわけである。
安定的な収入源を確保する(=何らかの副業に携わる)ことによって、多少の時間は割かねばならなくなるものの、「少なくとも貯金は減っていない」となれば、気持ちに余裕が生まれるし、人生を長期的な視野で見て「執筆できる総時間」は増える。というわけで、2023年の秋頃、僕は執筆時間を十分に確保しつつ働ける職場を探し始めた。
清掃業務は成果が一瞬で実感できる
そうして見つけたのが、現在の清掃アルバイトである。プライバシー保護や守秘義務の観点で名前は明かせないけど、勤務先は「横浜市内のとある商業施設」とだけ言っておこう。
仕事を探す上で求めた条件は、①週3勤務&時短勤務が可能、②自宅から徒歩15分以内で通える職場、③未経験者でも成果を出せる業務内容、の三点である。現在の清掃アルバイトは、これらを全て満たしていた。
実際に働き始めてみても、上記の三点は完全に僕の想定通りだった。入社して3年近く、週3勤務が破られたことはないし、勤務エリアが変わったこともない。何より良かったのは、成果が如実に見えるため、思っていた以上にやり甲斐を感じられる点である。
商業施設には多くの方が訪れるので、ゴミ箱はすぐに埋まるし、床には色々とゴミが落ち、埃も溜まる。食べこぼしや飲みこぼしの跡も頻繁にできる。ペットボトルや缶を置き捨てていく、倫理観の欠如した人もいる。僕ら清掃員がいなければ、ゴミ箱は1日で溢れ、床の汚れは悲惨なことになるだろう。
現場に出て驚いたんだけど、前日と全く同じ箇所を箒で掃くと、一見目立たないようなところにも、たった24時間でまたびっしり埃が溜まっているんだよ…!屋外でもあるまいし、あれはどこから来ているのか。
で、そんな中を僕が巡回すると、一時的ながらゴミや埃がなくなり、床のシミが取れ、目に見えてフロアが綺麗になる。成果が一瞬で実感できるのは、この仕事の大きな美点だろう。
また、清掃を担当した店舗の方々、警備員さん、出入りの業者さんだけでなく、一般のお客様からも「お疲れ様です」「ご苦労さん」「ありがとう」と声をかけてもらえることがある。これ、明らかに人の役に立っているのが分かって、純粋に嬉しいんだよね。自分で言うのも何だけど、僕は同僚の中でもかなり張り切って働いている方だと思う。
“お金のために働く”がピンと来ない
今この記事を書きながらふと気付いたけど、「収入源の確保」が当初の目的だったにもかかわらず、僕はアルバイトを調べるにあたって「時給」の部分はあまり気にしていなかった。これは、前述した三点の優先順位が高かったこともあるけど、僕の性格によるところが大きいだろう。
というのも、僕は新卒の頃から、あまり「お金のために働く」という価値観では動いてこなかった。良くも悪くも、「これだけ働いたのに給料がこれっぽっちなんて、割に合わない!」みたいな不平を抱いたことがない。
僕は「この仕事は世の中に必要だ」と感じれば、いくらでも“サービス残業”してきたし、そもそも「これはサービス残業だ」という意識すら抱いてこなかった。反対に「人や社会のためになっている」と信じられない仕事だと、給料が良くてもストレスが溜まって仕方ないということも学んだ。
そこへ行くと、現在の清掃アルバイトは絶対に社会に必要な仕事だと断言できる。元々几帳面な性格でもあるので、「時間の許す限り、課された清掃範囲を綺麗にしたい」という気持ちが強く、結構性に合っている。
業務の“優先順位”付けが肝
ただ、この「時間の許す限り」というのが、実は重要なポイントである。というのも、清掃業界の企業はどこも慢性的な人手不足に悩まされており、一人が担わなければならない仕事量が膨大なので、勤務時間内に担当範囲の美化を“完璧”にやり遂げるのは基本的に不可能だからだ。
そこで必要となるのが、優先順位の明確化である。最優先は当然、個別でお金をいただいているクライアントの店舗やオフィス。僕はアルバイトの身なので、詳しい契約内容や金額は知らないけど、例えば「この時間内に床のモップ掛け、机の拭き掃除、ゴミ回収を行う」といった具体的な縛りがあり、これは絶対に厳守せねばならない。クオリティとしても、契約業務に関しては“完璧”を求められるため、清掃を終える前にはやり残しがないか入念にチェックする。
あとはお客様の通る共用の回廊、従業員の使うバックヤード、建物の外周とかなんだけど、こちらは与えられた時間内で除塵、床のシミ取り、ガラス・手摺り・電光掲示板の拭き掃除などを“完璧”にやり遂げるのはまず不可能。だから、お客様から見て目立つと思われる汚れを優先して取り除くこととなる。
例えば、空き缶、丸まったティッシュ、おにぎりの包装フィルム、塊になった埃といった大きなゴミは確実に除去せねばならない。また、床にできた巨大なシミ(大抵はジュースやコーヒーを盛大にこぼした跡)も看過できない。毎週勤務していると、埃が溜まりやすい場所、シミができやすい場所というのは経験則から自然と分かってくるため、そうした部分は特に注視する。
反対に、常に床を凝視している僕らは気付いても、おそらくほとんどのお客様の目には留まらないと思われるような微細なゴミや、さほど目立たない床のシミなどに関しては、与えられている時間によってはあえて無視することも少なくない。
“時間の切り売り”ではもったいない
僕は入社したての頃、この優先順位を間違えることが多かった。というか、あらゆる部分で“完璧”を求めようとした結果、勤務時間内に仕事が終わらず、毎回シフトの時間を過ぎても清掃をしていた。労働基準法に抵触する恐れがあるためか、上司からは「どうしてまだ現場にいるんだ!?もう上がってください!」とよく急かされていた。
世の中には「なるべくサボって給料をもらおう」という考えの人も多いみたいだし、実際に僕の職場にも「除塵なんて適当に箒を引きずっていれば良いだけ」と暴論を吐く同僚もいた(すでに退職済み)。
でも僕は「どんな業務でも、プロとして働くからには、いただく給料以上の仕事をしなきゃいけない」と感じるタイプの人間である。いや、綺麗事じゃなく、単純に「この人が清掃するとなんか綺麗だ」とか「この人が担当するクライアントからの評価が高い」と思われる仕事をした方が感謝される機会は増えるし、雇用する側もされる側もお互いに気持ち良くない?
僕がアルバイトを探すにあたって条件に加えた「未経験者でも成果を出せる」は、裏を返せば「誰でもできる」ということになる。でも、多分だけど、「誰でもできる」のって最低ラインの仕事までなんだよね。実は心掛け次第で、「誰でもできる」仕事に携わっていても、「自分にしか現出できない」付加価値はどんどん生み出せるんだよ。
僕はこれこそ、仕事の醍醐味じゃないかと勝手に思っている。せっかく時間(=残りの命の一部)を使って仕事をしているんだから、「収入源」として始めたアルバイトといえど、「時間の切り売り」に徹するだけではもったいない。僕はこの機会を「世の中に対する関わり」と捉えて積極的に動いていくつもりである。
惰性で体を動かしているわけではない
こういう考えで働いているからかもしれないけど、現在の清掃業務は思っていた以上に頭を使う。先述のように、たとえシフト表の通りに動くにせよ、優先順位を考えて時間を上手く使わねばならないのが理由の一つである。
また、僕らは限られた勤務時間の中で複数の箇所を清掃するため、「いかに効率良く動くか」も考えねばならない。例えば、場所によって使用する清掃用具が異なることも多いので、それらも踏まえて二度手間にならぬよう念入りに準備を整える必要がある。
施設内に複数あるゴミ箱からゴミを回収する業務が課されている場合には、これに合わせて大きなカートで行くのはもちろん、バックヤードにあるどの業務用エレベーターを利用すれば最も速く移動できるか、現場の状況に応じて判断する。ゴミ回収のためには様々な階に降り立つ必要があるので、これを逆手に取り、臨機応変に別の業務と組み合わせて終わらせることもある。
そのほか、いきなり無線で緊急対応を求められることもしばしばあり、その際にはどの業務をどの程度“妥協”するか、自分なりに根拠も含めて素早く考えを巡らせた上で、上司に報告と相談を行って決定を仰ぐ。
こうした優先順位付けや臨機応変な対応は、ホワイトカラーの頭脳労働者にとっては日常茶飯事だろう。でも、肉体労働が中心のブルーカラーとて、ただ黙々と、言わば惰性で体を動かしているわけではないのである。
最近は、ここまで書いてきたような頭の使い方に慣れてきたこともあり、以前と同じ清掃のクオリティを保ったまま、定時退社できるようになった。つまり、典型的な労働集約型の業務にもかかわらず、生産性を大きく向上させることができた。
お金をもらって運動しているようなもの
清掃のアルバイトを始めて予想外だった事項は、ほかにも色々とある。
まずは、かなり良い運動になるということ。業務の性質上、必然的に施設内を歩き回るので、これまで仕事を終えて帰宅した時点で、歩数が8000歩を下回ったことはない。場合によっては1万歩を記録することもある。通常の仕事をしているだけで、「健康維持に必要」とされる歩数を自動的に稼げるのはありがたい。
また、前段でも少し書いた通り、僕らは施設内のゴミ回収を行わねばならない。もちろん、最終的にはカートに載せて運ぶんだけど、各階のゴミ箱からバックヤードに置いているカートまでは両腕に大量のゴミを抱えて運ぶ必要があるため、言わば“筋トレ”である。昨今、お金を支払ってジムに通う人が多い中、お金をもらって運動しているようなものだ。
一日たりとて同じ日はない
それから、この仕事をしていると、思っていたよりも色々なことが起こる。先述した緊急対応もそうだけど、清掃する店舗内にある冷蔵庫が結露して床が水浸しになっていたり、業務範囲の部屋に入ったら先客の工事業者と鉢合わせたり、お客様から道を尋ねられたり、クライアントの方と少々世間話をしたり――。
さすがに“大事件”と呼べるものはほとんどなく、どれも些細なことばかりだけど、たとえ全く同じ業務内容のシフトが組まれていたとしても、一日たりとて同じ日はない。当然ながら、上司や同僚との会話もことあるごとに発生する。
クライアントの店舗を清掃していると、スタッフ同士の会話が勝手に耳に入ってくることもしばしばある。業務の裏事情とか、店長の悪口とか、最近付き合い始めた彼氏との馴れ初めとか、全部聞こえている。
駐車場にいつも停まっている社用車のナンバーが変われば違和感を覚えるし、切れかけていたバックヤードの蛍光灯が新しくなったのも分かる。自動販売機、コインロッカー、駐車券発行機、カプセルトイなども、入れ替われば一瞬で気付く。よく見かける店員さんの動線は完璧に把握している。同じ場所で長く働くというのは、こういうことなのだろう。
もちろん、個人のプライバシーの問題もあるし、そもそも職場で知り得た情報については守秘義務があるため、公の場で記すことは絶対にない。でも、このアルバイトを始めてから、毎日の日記が2000〜3000字は長くなったし、それだけ人生の密度が濃くなったように感じる。
“どうせ準備できない”のが良い
あと、清掃業務との直接的な因果関係はないけど、僕の職場が「出勤した段階で初めてその日の業務内容を知ることができる」というシステムなのも、僕としては大変助かっている。
僕は心配性で、やらねばならない業務があらかじめ分かっていると、土日も仕事のことばかり考えて頭や心を休ませることができない性格である。でも、現在の職場では、毎朝出勤しなければ、その日にやるべきことが分からない。したがって、どうせ準備のしようがないため、土日に仕事のことで気を揉まずとも済むようになった。
もちろん、曜日ごとに決まっている清掃範囲はあるけど、おそらく全員が各業務のやり方を忘れないように、そしてアルバイト間で業務内容に偏りが生じないように、清掃範囲は定期的にローテーションされる。だから、“心の準備”にはあまり意味がない。これによって精神的な負担がかなり軽減されている。
さて、ほかにも色々と書き足りないことがあるけど、もう字数が5500字を超えているので、今回はここでやめておこう。まだまだ至らない点も多くあるけど、精一杯ゴミや汚れを取って、綺麗な状態でお客様をお迎えできるよう力を尽くすつもりである。
