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"「普通」ってなんだろう"発達検査のあとに思ったこと

検査の紙に書かれた、いくつもの数字と専門用語。「○歳○ヶ月相当の発達水準」「定型発達との差」「知的水準のばらつき」。説明を受けながら、私はずっと、その"平均"や"目安"の言葉が心に刺さっていました。

この子は、普通じゃないの? 私は、普通の子育てができなかったの? ううん、もしかして…私たちは"普通の親子"じゃないの?

あの時の私は、「普通」という言葉の意味を必死に探していました。でも、探しても探しても、その輪郭はぼやけていて。誰かの"普通"をなぞろうとして、ますます自分自身を見失いかけていました。

だけどある日、子どもが突然、ひとりでコップに水を注いだのです。私の手を借りずに。とてもゆっくり、でも確かに。

私はその姿に、心の底から感動してしまいました。

「…ああ、"普通"なんてもうどうでもいい」

そう心から思いました。

おわりに

"普通"という言葉は、時に安心を与えてくれるけれど、同時に誰かを締め付けることもあります。
私はもう、「普通」を基準に子どもを見ません。かわいいからかわいい。今日も生きてくれてありがとう、でいい。
定型発達でも、非定型発達でも。私にとっては、世界にひとりの、かけがえのない存在。
そのことだけは、ずっと変わらないのです。

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