絶対に触れてはいけないルール
ポテトチップスの袋を開けたら、
中身が全部「丸い穴のあいたプラスチック製の、ちょうどいい大きさの輪っか」だった――そんな街のお話。
その街の名前は「ホカホカ共和国」。
住民たちはみんなパステルカラーのふわふわしたパジャマを着ていて、朝起きたら「今日も世界がやわらかくて最高だね〜」とハチミツ入りのミルクをすするのが日課だった。

怒る人は一人もいない。
街の角には綿アメの雲がぷかぷか浮いていて、治安はすこぶる、というか宇宙一ゆるかった。
主人公のポコは、
その街で「すやすやクッションの綿つめ係」として働いていた。
仕事といっても、
お昼寝用のモチモチしたクッションをさらにモフモフにするだけで、
午後の三時には「おやつのマシュマロタイム」が始まってしまう。
ポコはミルクを飲みながら、
「あぁ、人生ってなんでこんなに丸くて優しいんだろう」と、毎日のんびり暮らしていた。
ただ、この街には一つだけ、
住民たちが「絶対に触れてはいけないルール」として守っている、ほんの小さな決まり事があった。
それは、
街の中央にある巨大なピンク色のゼリー山
――通称「おやつの山」の向こう側に行ってはならないというもの。
「あっち側にはね、なんだかトゲトゲしていて、すごく硬くて、冷たい『とてつもなく面倒くさいもの』があるんだよ。だから近づいちゃダメなんだ。みんなでポカポカ溶け合っていれば、それで幸せだからね」
長老のフワフワおじいさんは、
いつもマシュマロを頬張りながらそう言っていた。
住民たちも、「へえ、なんだかよくわからないけど、トゲトゲして冷たいものなんて、このやわらかい世界には似合わないね」と、
誰もそこに関心を持たなかった。
ある日、
ポコはいつものように午後の昼寝をしようとしたが、どういうわけか全く眠れなかった。
なんだか胸のあたりがモヤモヤする。
お腹はいっぱいだし、
パジャマは最高に肌触りがいいのに、
心の奥底でカサカサと乾いた音がする。
(……あの「おやつの山」の向こうには、本当になんにもないのかな?)
好奇心に負けたポコは、
みんながお昼寝をしている隙に、
ピンク色のゼリー山をこっそり乗り越えた。
ふにゃふにゃしたゼリーを踏みつけ、
てっぺんを越えたとき、
ポコは自分の目を疑った。
そこにあったのは、
パステルカラーのふんわりした世界とは、
あまりにもかけ離れた光景だった。
空は灰色で、
どこまでも冷たいアスファルトの道が続いていた。

転んだら絶対に痛いコンクリートの壁があり、風が吹くと「キィィィ」と耳障りな金属音が鳴り響く。
そして、
その冷たい地面のあちこちに、
おびただしい数の「トゲのついた歯車」や「錆びた鉄のパイプ」、そして ―― 生々しい痛みを伴う「現実」の破片が転がっていた。
「……なにこれ……」
ポコは震え上がった。
あまりの冷たさに、
着ていたパジャマが凍りつきそうになる。
そのとき、
足元に落ちていた一枚のボロボロの古い紙切れが目に入った。
そこには、
この街の本当の成り立ちが硬いインクでこう記されていた。
『――【管理番号404:完全麻痺型ラクダプラント】―― 住民の脳波を「常に幸福感を感じる安全な状態」に固定するため、思考力を奪うマシュマロガスを常時散布中。
不快感、痛み、競争、および「他者との摩擦」を生むすべての要素を完全排除。
労働意欲や生存本能の低下を確認。
被験者は現状の維持に満足し、自己決定権を完全に喪失。
このまま放置した場合、文明としての生存確率はゼロ%になる』
ポコは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
ここは「楽園」なんかじゃなかった…
自分たちが愛していた、
あのふんわりした「ホカホカ共和国」とは、
人間が生きる上で避けて通れないはずの「痛み」や「失敗」、そして「他者とぶつかり合うこと」のすべてを劇薬で麻痺させ、
思考を奪われたまま、ただ笑顔で飼い殺しにされるための**「巨大な人間の飼育ケージ」**だったのだ。
誰も傷つかない。
誰も怒らない。
誰も挫折しない。
その代わり、
誰も成長せず、
自分の足で立つことも、
本当の意味で生きることもできない
――ただの「やわらかいゾンビ」の群れ。
冷たい風が、ポコの高ぶった頬を容赦なく叩いた。
痛い。
肌がピリピリして、すごく不快だ。
しかし、その「不快感」こそが、
自分が今、
確かにこの世界の真ん中で生きているという唯一の証拠だった。
ポコは振り返った。
ゼリー山の向こう側からは、今もなお、住民たちがハチミツミルクをすする楽しげな笑い声と、のんびりしたハープの音楽が聞こえてきている。
「……みんな、起きてくれよ……!」
ポコは震える足を踏みしめ、
二度とあのふわふわした夢の世界へは戻らないと心に決めながら、冷たく乾いたアスファルトの上へと一歩を踏み出した。
