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pink_banther
掌編小説 温かなもてなし
波の音が聞こえる。トンネルを抜けるとそこには一面の海原が広がっていた。正人は居眠りをやめ窓の外の景色を食い入るようにみつめる。大学1年の夏休みを利用して正人ははるばるこの南紀白浜にやってきたのだ。中学の頃家族旅行で来てその美しさに感動した正人はいつかここに自力で訪れてみたいと心に決めていた。美しい海、快晴の空、正人の心は浮き足立っていた。南部駅というところで降り本日泊まる民宿を探す。駅から少し歩き、あったあったここだと到着した民宿はこざっぱりしたおもがまえの簡素な宿だった。早速旅の疲れを風呂で落とす。評判通りのホスピタルティ溢れる女将さんのもてなしで頂いた夕食はとても美味しく、正人はふかふかの布団に包まれ安堵して寝た。
そして夢を見た。その夢では正人の妹が何やら帰りたくないと駄々をこねているのだ。お願いだからおうちに帰りましょうと母が妹を説得しようとしている。そうだった。家族旅行の時に妹はそのあまりの楽しさに帰り際、帰りたくないとわがままを言い出したのだ。そうだね。帰りたくないよね。こんなに温かい人たちと美しい海があるのだもの。帰りたくないよね。正人はそんなふうに思ったのだった。
翌日女将さんの心づくしの朝食を頂いていると、何やら泣いている男の子を見かけた。どうやらその子はここから家に帰りたくないらしいのだ。その子のお父さんお母さんが困り果てていると、女将さんがそのこの前に進み出て「またおいで」と頭を一つなでた。その子はたちまちのうちに泣きやんで「また来る」と笑顔で帰っていった。いいなぁと正人は思った。海も人もここでは生きている。来年また来ようと正人は思った。
こちらの企画に参加させていただきました。よろしくお願いします。
