eton――キライを集めて生きていく【note掌編小説】
質量保存の法則は如何なる条件下においても破れない。
此方でも彼方でも。
因果からは、決して逃れられない。
――ある狂信者の手記より
◇
1LDKの借り物の城。
ジージージー、と窓から夏の使者の喘ぎ声が聞こえる茹だるような昼下がり。
黒一色のベッドに小柄な男――ゴドーが寝巻き姿で横たわっていた。
「……有給使っちゃった。32にもなってまた……はぁ……」
ゴドーは身を起こして窓の外からゴミ捨て場を見た。穢れを封じ込め、浄化は焼却炉に任せるのだ。
「ま、いいや。これも多様性……」
ゴドーは嘆息の後、黒いハードカバーで包んだスマートフォンを手に取った。
画面に映るは、無表情な痩せたキツネ顔。
黒いノートのアイコンをタップすると――etonが立ち上がった。
アプリ内の記事を漁っていると、ある記事が目に止まった。
17、8歳頃の醜い顔の女がトップ画。
『【超有料級】私が発信で気をつけていること3選【期間限定で無料】』
「……ぷっ」
ゴドーは細い指先で、素早くコメントを書いた。
『きったねぇブスは、何をどう気をつけてもブスのままだぞ?』
『あっ、鏡を見ないように生きるってことか! なるほど、合理的だね☺️』
『君みたいなのが将来はバカフェミになって、雌豚隔離車両で幅をきかせるんだろうね🐖 我が国は安泰だなー😆』
すぐさま、ゴドーのコメントには黒いハートが集まってきた。
「おおお……ブス共がわらわらと……毎度!」
1時間ほど眺めていると、黒いハートの右には52。
「52……まぁ、まぁ、こんなものかな」
ゴドーはスマートフォンをくるくると回しながら、机に置いてある黒いノートパソコンを立ち上げた。
「……52個か」
ゴドーはログインすると、黒いノートのアイコンを二回クリックした。
映像が立ち上がった。
画面には、暖かみのある木を基調とした小洒落たオフィス。
少し高い背丈、がっしりとした男前の怨敵――キリトが椅子に腰掛けては、パソコンを見つめ、マグカップを啜っていた。
画面右下には黒いハートと52。
「……死ね」
ゴドーは角が少し欠けたマウスをカチカチカチ、とクリックした。
キリトの顔を何度も、何度も。
「キライキライキライキライキライキライ」
画面内でキリトの頭目掛けて黒いハートがぶつかっていく。
その後――キリトは蒸せてコーヒーを吹き出し、パソコンを汚した。
慌てた拍子に書類を床にぶちまけ、拾おうとした手を女社員のハイヒールに偶然踏まれて悶えていた。
「は、はははは……俺を敵に回すからこうなるんだ」
クリックは続く……が、ハートが0になった。
「……ちっ、球切れか」
その時、背後から足音が聞こえた。
ゴドーは慌てて、パソコンを閉じた。
「あれ……ゴドー有給使ったの?」
茶髪ロングの背が高い女は、くたびれたリュックをラックに置きながら問いかけてきた。
「カリンお帰り、ちょっと……体調が悪くて」
「ふーん……ねぇ、有給は一緒に使おうって約束しなかったっけ?」
「……しらね」
ゴドーは小さく鼻を鳴らした。
「約束破っておいて、しらばっくれるの?」
「……散歩して来る」
ゴドーは寝間着姿のまま、黒い財布と黒いスマートフォンをポケットに突っ込み、玄関先へ。
「あっ! ……もう!」
ガチャン、バタン。
「八つ当たり、扉に……」
カリンは赤いカバーに入れたスマートフォンを右手に持ち、アプリ――etonを立ち上げた。
画面には拒食症の狐のような笑顔の男が出てきた。
男の名前は、ゴドー。
「キライ、と」
カリンは、アプリを閉じるとスマートフォンをベッドに放り投げた。
今のソファに腰掛け、テレビをつけた。
テレビ画面では、中年女が商店街を散策していた。
「……もう、いいかなぁ」
◇
ジー、ジー、と螻蛄の声が響く夜半。
ゴドーは独り、ベッドでスマートフォンを操作していた。
『【はじめてのeton】はじめまして!【68歳初挑戦で0→1達成目指して】』
「……ぷっ」
ゴドーは細い指先で、素早くコメントを書いた。
『小銭稼いでんなら、その分年金返納しろ老害』
『若者の足を引っ張ってんのは誰ですかー!? それは、お前だー👆』
『それとアドバイスです。富士の樹海で丸々5年ほど横になると、健康的でいいですよ? そのまま大地へ還りましょう』
黒いハートが13個。
「……まぁ、ジジィだし枯れているわな」
「市役所とか電車で元気なジジィは例外だな」
「年金垂れ流してねーで、はよ死ねや」
寝室の机。
そこに置いてある黒いノートパソコンを立ち上げた。
「1000個とかで死なねーかな、イキリト」
手早く黒いノートアイコンをクリックした。
画面にはeton。
立ち上がった映像は高所より街並みを映す。
そのうち、対象の男――キリトの後頭部にカーソルを合わせた。
「キライキライキライキライ」
カチカチカチカチ。
飛び交う黒いハート。
すると――男は転んで前方を歩く女に突っ込んだ。
「おっ! ラッキー!」
「痴漢で捕まれ! 死ねー!」
ゴドーは猿の玩具のように手をパンパンパン、と何度も叩いた。
映像では、キリトと女――「カリン!?」
キリトの手を借りて、カリンが助け起こされた。
カリンの顔は――上目遣い、右手で髪を触っていた。
「雌の顔しやがって! あああああああぁぁ!」
ゴドーが右こぶしを握り締め、液晶画面を貫こうとした時――
カリンが映像の向こうから、指差してきた。
キリトはその指先を追い、視線が合った。
「……なッ!?」
ゴドーは慌ててパソコンを閉じた。
「……まじかよ、知ってた? 見えた?」
胸を押さえていると、スマートフォンの通知。
震える手で確認すると――キリト。
『お前の秘密を知っている』
『お前、電車で漏らしたな? etonで見たぞ』
『ばら撒いてやる』
「あっ……あっ……」
eton。
キライを集めて生きていく。
生き方は自由。
