見出し画像

eton――キライを集めて生きていく【note掌編小説】

 質量保存の法則は如何なる条件下においても破れない。
 此方でも彼方でも。
 因果からは、決して逃れられない。
 ――ある狂信者の手記より

 1LDKの借り物の城。
 ジージージー、と窓から夏の使者の喘ぎ声が聞こえる茹だるような昼下がり。

 黒一色のベッドに小柄な男――ゴドーが寝巻き姿で横たわっていた。

「……有給使っちゃった。32にもなってまた……はぁ……」
 ゴドーは身を起こして窓の外からゴミ捨て場を見た。穢れを封じ込め、浄化は焼却炉に任せるのだ。

「ま、いいや。これも多様性……」
 ゴドーは嘆息の後、黒いハードカバーで包んだスマートフォンを手に取った。
 画面に映るは、無表情な痩せたキツネ顔。

 黒いノートのアイコンをタップすると――etonが立ち上がった。

 アプリ内の記事を漁っていると、ある記事が目に止まった。
 17、8歳頃の醜い顔の女がトップ画。

『【超有料級】私が発信で気をつけていること3選【期間限定で無料】』

「……ぷっ」
 ゴドーは細い指先で、素早くコメントを書いた。

『きったねぇブスは、何をどう気をつけてもブスのままだぞ?』
『あっ、鏡を見ないように生きるってことか! なるほど、合理的だね☺️』
『君みたいなのが将来はバカフェミになって、雌豚隔離車両で幅をきかせるんだろうね🐖 我が国は安泰だなー😆』

 すぐさま、ゴドーのコメントには黒いハートが集まってきた。

「おおお……ブス共がわらわらと……毎度!」
 1時間ほど眺めていると、黒いハートの右には52。

「52……まぁ、まぁ、こんなものかな」
 ゴドーはスマートフォンをくるくると回しながら、机に置いてある黒いノートパソコンを立ち上げた。

「……52個か」
 ゴドーはログインすると、黒いノートのアイコンを二回クリックした。

 映像が立ち上がった。

 画面には、暖かみのある木を基調とした小洒落たオフィス。
 少し高い背丈、がっしりとした男前の怨敵――キリトが椅子に腰掛けては、パソコンを見つめ、マグカップを啜っていた。
 画面右下には黒いハートと52。

「……死ね」
 ゴドーは角が少し欠けたマウスをカチカチカチ、とクリックした。
 キリトの顔を何度も、何度も。

「キライキライキライキライキライキライ」

 画面内でキリトの頭目掛けて黒いハートがぶつかっていく。
 その後――キリトは蒸せてコーヒーを吹き出し、パソコンを汚した。
 慌てた拍子に書類を床にぶちまけ、拾おうとした手を女社員のハイヒールに偶然踏まれて悶えていた。

「は、はははは……俺を敵に回すからこうなるんだ」
 クリックは続く……が、ハートが0になった。

「……ちっ、球切れか」
 その時、背後から足音が聞こえた。
 ゴドーは慌てて、パソコンを閉じた。

「あれ……ゴドー有給使ったの?」
 茶髪ロングの背が高い女は、くたびれたリュックをラックに置きながら問いかけてきた。

「カリンお帰り、ちょっと……体調が悪くて」
「ふーん……ねぇ、有給は一緒に使おうって約束しなかったっけ?」

「……しらね」
 ゴドーは小さく鼻を鳴らした。

「約束破っておいて、しらばっくれるの?」

「……散歩して来る」
 ゴドーは寝間着姿のまま、黒い財布と黒いスマートフォンをポケットに突っ込み、玄関先へ。

「あっ! ……もう!」

 ガチャン、バタン。

「八つ当たり、扉に……」
 カリンは赤いカバーに入れたスマートフォンを右手に持ち、アプリ――etonを立ち上げた。

 画面には拒食症の狐のような笑顔の男が出てきた。
 男の名前は、ゴドー。

「キライ、と」
 カリンは、アプリを閉じるとスマートフォンをベッドに放り投げた。
 今のソファに腰掛け、テレビをつけた。
 テレビ画面では、中年女が商店街を散策していた。

「……もう、いいかなぁ」

 ジー、ジー、と螻蛄の声が響く夜半。
 ゴドーは独り、ベッドでスマートフォンを操作していた。

『【はじめてのeton】はじめまして!【68歳初挑戦で0→1達成目指して】』

「……ぷっ」
 ゴドーは細い指先で、素早くコメントを書いた。

『小銭稼いでんなら、その分年金返納しろ老害』
『若者の足を引っ張ってんのは誰ですかー!? それは、お前だー👆』
『それとアドバイスです。富士の樹海で丸々5年ほど横になると、健康的でいいですよ? そのまま大地へ還りましょう』
 黒いハートが13個。

「……まぁ、ジジィだし枯れているわな」
「市役所とか電車で元気なジジィは例外だな」
「年金垂れ流してねーで、はよ死ねや」

 寝室の机。
 そこに置いてある黒いノートパソコンを立ち上げた。

「1000個とかで死なねーかな、イキリト」
 手早く黒いノートアイコンをクリックした。
 画面にはeton。

 立ち上がった映像は高所より街並みを映す。
 そのうち、対象の男――キリトの後頭部にカーソルを合わせた。

「キライキライキライキライ」
 カチカチカチカチ。
 飛び交う黒いハート。

 すると――男は転んで前方を歩く女に突っ込んだ。

「おっ! ラッキー!」
「痴漢で捕まれ! 死ねー!」
 ゴドーは猿の玩具のように手をパンパンパン、と何度も叩いた。

 映像では、キリトと女――「カリン!?」

 キリトの手を借りて、カリンが助け起こされた。
 カリンの顔は――上目遣い、右手で髪を触っていた。

「雌の顔しやがって! あああああああぁぁ!」
 ゴドーが右こぶしを握り締め、液晶画面を貫こうとした時――

 カリンが映像の向こうから、指差してきた。
 キリトはその指先を追い、視線が合った。

「……なッ!?」
 ゴドーは慌ててパソコンを閉じた。

「……まじかよ、知ってた? 見えた?」
 胸を押さえていると、スマートフォンの通知。

 震える手で確認すると――キリト。

『お前の秘密を知っている』
『お前、電車で漏らしたな? etonで見たぞ』
『ばら撒いてやる』

「あっ……あっ……」

 eton。
 キライを集めて生きていく。
 生き方は自由。

いいなと思ったら応援しよう!