あなたの最大の資産は、あなた自身だ。
最近、「資産運用」という言葉をよく耳にする。
株式投資、NISA、iDeCo、不動産投資――。何か始めなければいけないのではないか。このままでは取り残されるのではないか。
そんな空気が世の中には漂っているように感じる。
もちろん、それを否定するつもりはない。備えは大切だし、お金があるに越したことはない。
だが正直に言えば、自分には俗に言う「資産」と呼べるものがほとんどない。金融資産も大した蓄えもない。
かろうじてあるのは健康くらいだ。
そんな自分が、歳を重ねて辿り着いた考えがある。
それは、自分が持っている最大の資産は、結局のところ自分自身だということだ。
健康な身体
知識
経験
習慣
判断力
コミュニケーション能力
忍耐力
勇気
想像力
ユーモア
そして人への優しさ
もし最悪、無一文になったとしても、それらだけは残る。
本当の資産とは、誰にも奪われない、自分の内側に蓄積されたものなのではないかと思う。
そんなことを考えていたとき、英語の resource という言葉の語源を知った。
日本語では「資源」や「資産」と訳されることが多いが、その語源はラテン語の re(再び) と surgere(立ち上がる、湧き上がる) にあるという。
つまり resource とは、本来「再び立ち上がること」「再び湧き上がること」を意味する言葉だった。
そこから、「困ったときに頼れるもの」「自分をもう一度立ち上がらせてくれるもの」という意味へと広がっていった。
この語源を知ったとき、「資産」という言葉の見え方が少し変わった。
資産とは、銀行口座の残高だけではない。
人生につまずいたとき、迷ったとき、倒れそうになったとき、自分をもう一度立ち上がらせてくれるもの。そのすべてが、本当の意味での resource なのだ。
そう考えると、人間そのものが大きなリソースなのだと思う。
年齢を重ねるほど、そのことを実感する。
若い頃は、自分に何が足りないかばかり見ていた。
だが今振り返ると、失ったものよりも、いつの間にか蓄えていたものの方がずっと多い。
これまで好きなようにやってきたこと。遠回りに思えた経験。うまくいかなかった出来事。失敗した挑戦。
旅先で出会った人たちとの何気ない会話や、異国で途方に暮れながらも何とか乗り切った経験、美しい景色に心を揺さぶられた記憶――そんな一つひとつも、今では確かに自分を支える力になっている。
当時は無駄だったように思えたことも、今では自分の一部になっている。
何か問題に直面したとき、人は無意識のうちに過去の引き出しを開ける。
成功体験だけではない。
失敗した記憶。恥をかいた経験。苦しい状況をなんとか切り抜けた経験。
そうしたものが、意外な場面で役に立つ。
若い頃には気づかなかったが、その引き出しの数と深さは、年齢とともに確実に増えている。
経験は消費されるものではない。
人生の後半になってこそ、本当の価値を発揮する資産である。
大切なのは、そのことに気づくことだと思う。
誰の人生にも経験がある。知識がある。乗り越えてきた出来事がある。
それを単なる過去として忘れてしまうのか、それとも自分を再び立ち上がらせてくれる「リソース」として受け止めるのかで、その価値は大きく変わる。
一つひとつの経験を、「確かに自分をつくってきたもの」として見つめ直してみる。
すると少しずつ、自分への信頼が生まれてくる。
だからこそ今は、自分という資産をもっと活用していい。
新しいことを始めてもいい。これまで続けてきたことをさらに深めてもいい。
人生はまだ終わらない。
むしろ、ここから何度でも立ち上がることができる。
resource の語源が教えてくれるように、人は何度でも自分の内側から力を湧き上がらせることができるのだから。
まず、体を壊すな。
そして自分という資産を信じて、使い切る。
ヤケッパチでもいい。
振り返れば、自分の人生もそんな場当たり的な選択の連続だった。
それでも、そのすべてが今の自分の資産になっている。
だから今日もまた、自分という resource を信じて、生きていこうと思う。
