「人と違う」に泣いた日々を超えて。躁鬱とADHDを抱える社畜ママが、今、文章で足掻く理由。
仕事ができない社畜もどき。ADHDと躁鬱を抱え、育児に追われる毎日。
これが今の私のすべて。
これまでの20代、30代は、とにかく必死に駆け抜けてきました。
調整系の仕事
図面に特化したCADオペレーター
インスタ運用
ホームページ制作……。
「何者かになりたい」
その一心で、新しいスキルに飛びつき、食らいついてきました。
けれど、その裏側で私はずっと、自分の中にある「違和感」と戦っていました。
「なんで、私はこんなに人と違うんだろう」
みんなが当たり前にできることが、私にはできない。
ミスをしないようにと、図面を朝から晩まで引き続けても、仕上がりはミスばかり。
人前で話すのが怖くて、プレゼンの前日は一晩中、朝まで声に出して練習を繰り返す。
疲れ果てて家に帰り、一人で泣いた夜は数えきれません。
そんな中、最近になってようやく、その苦しさの正体がわかりました。
「躁鬱」と「ADHD」の発覚。
今までなぜあんなに辛かったのか。なぜあんなに極端な波があったのか。診断名がついたことで、過去の点と線がようやくつながった気がしました。
この間に、結婚し、出産も経験しました。
守るべきものができ、キャリアチェンジを模索する30代。
正直にいえば、今でも「正解」は見つけられていません。
でも、私は諦めたくないんです。
特性を持ちながら、どうやって社会とつながり、働き続け、お金を稼いでいくのか。
このブログは、私の「成長記録」であり、泥臭い「リアルの足掻き」です。
「人と違う」ことに絶望し、今を生きるのに必死な誰かへ。
私の奮闘が、どこかの誰かの「何か」につながればいい。
そして何より、すぐ忘れてしまう自分自身のために、この日々をここに翻訳して残します。
「笑顔も声も届かない」この場所で、私の本当の言葉を始めてみます。
