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人生、運が9割。


ADHD_noteです。

今回は ”運” について書きたいと思います。


私はきれいごとを抜きにして、人生は、”運” がほぼ全てだと思います。

お気づきの通り、あえて”ほぼ”と表現している理由は、

”原則あるところに例外有り”というように、人生のほとんどが運で決まっていますが、一部は異なり、すべてではないとも思っているからです。
(運がよければよいほど、努力は少なくて済むと言えますが、一方で、努力すればするほど運がよくなるとも言えます。)


といっても、やはり

運の力は偉大です。


”ゆりかごから墓場まで” ではありませんが、

たとえば・・・

生まれについて

どの年代に生まれたか(これまでの歴史を見ても戦争や不況などがある)

・健康体で生まれたか
 (障害などがなく生まれることで、その後の生涯を有利に過ごしやすい)

・どの地域、国で生まれたか(医療の充実、食糧が十分にあるかなど)

・親の職業(経済的安定にかかわること)

・祖父母や親族などの状況
(一般的に、人が多いほど社会性が身に着く)

・周囲の環境(地域の治安が悪くないか、生活の不便はないかなど)


育ちについて

・地域の治安
(治安がよければ、一生涯、プラスとなる言動を身に付けることができる)

・親や祖父母、親戚との関係(機能不全家族などでは、発育に関わる)

・地域の学校の状況
(義務教育に通う場合、15,16才までの間のほとんどの人間関係は、
 教師と、特定の狭い地域の友人たちとの関係が中心となり、その後の人生
 にも大きな影響が続く。)


進学について

・生まれ育った地域、国の状況
(地域の教育レベルが高く、進学率が高ければ、進学する選択肢も多い。
 また、そのような環境にある地域で過ごせるということ自体、親の経済力
 も高いと思われる。)

・親や親族の状況
(親の経済状況、親や親族との関係が安定していれば、自身はアルバイトを
 する必要もなく、また精神衛生上もストレスが少なく学業や資格取得、技
 術の習得などに専念しやすい。また、一定の学力だったり技術が身につく
 ことは、後述する ”職業の選択肢” を増やしやすい。)


職業について

・真の職業選択の自由
前述のとおり、より良い進学ができる環境で生まれ育てば、それだけ高い
給料や良い福利厚生の環境で働くことができる。ということです。

言い換えれば、どのような働きかたをするか自由に選べるということです。


日本国憲法第22条第1項で職業選択の自由が謳われているものの、現実は中卒よりも高卒、高卒よりも大卒、大卒よりも院卒というように、特に日本をはじめとした先進国では学歴社会が普通で、学歴への偏見、信仰、差別とさえ思える状況が令和の時代にも根強く残っています。

いい悪いは別として、表向きでは、「学歴は関係なくなる」などと言っていても、それが効率よく仕事ができる人間かどうかの指標となる(せざるを得ない)ため、特にサラリーマン社会で学歴差別をなくすのは難しいと思います。

すでに、私がその話(学歴は関係なくなるという話)を聞いてから、15年以上経過しています。(通常、人の寿命は80歳くらいですから、すでに約5分の1くらいが経過したということです。)
このように、公務員やサラリーマンの世界では今後も数十年は(現実、未来永劫)続いていくと思っています。

このような事実から言えば、就くことができる職業は”学歴であらかじめ決められている”ケースが限りなく多いです。いや、決められていると断言できます。すなわち、より進学できる環境で育てば、それだけ高い給料や、良い福利厚生の環境で働くことができる。ということです。



結婚出産育児などについて

・少子高齢化とは無縁
少子高齢化が長い間報道されていますが、結婚出産育児に関しては、結局経済的な困難による影響だけです。
経済的に問題が無ければ、(語弊があるかもしれませんが)相手を自由に選択できる余裕が生まれます。

前述したように良い職業に就くことができた ”運のいい人” は、それだけ理想の環境に身を置くことができますし、理想の相手に出会える可能性も高くなります。子供がいるということは、いない人に比べれば、それだけ老後や子孫の心配も少なくなるといえます。


・格差社会との無縁
最近、盛んに言われるようになりましたが、富の連鎖、負の連鎖、格差社会ということがあります。
理想の相手と、理想の生活を送ることができれば、その子供もまた、理想の人生を送りやすくなるということに他なりません。自ずと、無意味な競争に巻き込まれることもなくなります。


人生の最後について

・人生の最後を選択できる。
人は誰しも老いて死ぬわけですが、前述したように理想の人生を送ってきた”運のいい人”は、自らの最後についてかなりコントロールすることができます。(=自ら運を決めることができる状態とも言えます。)

お墓はどこに建てたいか
どこで最後を過ごしたいのか
誰と最後を過ごしたいか、などです。
医師や看護師などが常駐し、食事や施設設備も充実した超高級といわれるような老人福祉施設に入居することも自由に選べますし、寿命以外はコントロールすることが可能と言っても過言ではありません。

全財産を世の中のために子供や孫のために使ったり、寄付をすることで自分亡き後の世界、あるいは社会に大いに役立てることもできるのです。


今回は、人生と運について書きました。


結局、世界は今後も続いていきます。
未来永劫と言ってもいいかもしれません。
(※おそらく、私が亡くなる前に世界が無くなるということは考えにくいのです。)

自分のこども世代、孫世代により良い世界、世界を残していくというのは、人が生きていくことの一つの答えでもあると思いますが、それを決めるほとんどは”運”であるということ。
同時に、努力をすることで限りなく”運”を高めていくことができるということを最後に強く主張したいと思います。


ちなみに画像は、人生、運が9割でしょ的な画像。

Arek SochaによるPixabayからの画像

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