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今日、私が飲み込んだ言葉って、なんだった?──“やさしく伝える”ことについて

これは私が聞いた、ある女性の話です。


「で、今日なにしたの?」その一言に心が止まった

「で、お前が今日やったことって、結局なんだったわけ?」

晩ごはんを温めながら、夫にそう言われた。
いつも通りの、ちょっと見下したような口調。
「私なりに、がんばったけどな…」と思ったけど、口には出さない。

…いや、正確には出そうになったけど、
ちょうどレンジの“チン”が鳴ったから、タイミングを逃した。

怒らせたくなくて、空気を読みすぎていた

そのあと夫は、テレビを観ながらビールを飲み、
私はひとりで洗い物。
食器を置く音すら気をつかう。
大きな音を立てたら、「機嫌が悪いのか」って逆ギレされるかもしれないから。

なんていうか、地雷原の上で主婦やってる気分。
言いたいこと?
あるよ。山ほど。
でも、それを言って何が起こるか想像できるから、結局は黙ってしまう。

「察してよ」と思いながら、生きてきた

「私が我慢すれば、丸くおさまる」
「ここで波風立てても、損するのは私」

そう思いながら生きてきたけど、
本当はずっと「誰か、私の気持ちに気づいてよ」って思ってた。

でも、誰も気づいてくれない。
…というか、私自身が、自分の気持ちに気づかないふりをしてきた。

“やさしく伝える”って、できるの?

「言いたいことが言えない」の裏には、たいてい「怒らせたくない」「嫌われたくない」っていう恐れがある。
だから、つい「なんでもない」「私が悪いんだってば」って自分を下げてしまう。

でも──
自分も、相手も、どちらも大切にしながら伝える方法がある。

それは、「戦う言葉」じゃない。
“自分を守るためのやさしい言葉”の使い方。

たとえば、こんなふうに言えたら

○ Before:「どうせ私なんて」
◎ After:「私は、その言い方にちょっと傷ついたよ」

○ Before:「私が全部悪いんでしょ?」
◎ After:「今日はがんばったよ。ねぎらってもらえたらうれしいな」

主語を「私」にして伝えるだけで、
自分を責める人から、自分を守れる人になれる方法だと思います。

“戦わない強さ”というやさしさ

「私はこう感じた」と言えることは、
「あなたが悪い」と責めることじゃない。

ただ、自分の感情に気づいて、
ちゃんと自分の側に立ってあげるということ。

“気を使いすぎる自分”をやめる必要はないけれど、
“自分を使い捨てる自分”は、そろそろ卒業してもいいと思います。

小さなつぶやき

私は、「自分を我慢することでしか、人と関われない」って思ってた。
でも、ほんの一言「私はこう感じた」と言えた夜、
世界がすこし、柔らかくなった気がした。

今夜、あなたにも、そんな夜が訪れますように。
静かに問いかけてみてください。

「今日、私が飲み込んだ言葉って、なんだった?」

参考文献

  • 平木典子(2021)『三訂版 アサーション・トレーニング―さわやかな〈自己表現〉のために』日本・精神技術研究所/金子書房

  • 平木典子(2023)『言いにくいことが言えるようになる伝え方―自分も相手も大切にするアサーション』ディスカヴァー・トゥエンティワン

※本記事は専門用語の定義に立ち入ることを避け、あくまで「自分も相手も大切にする伝え方」の一例として記述しています。
※この記事は、筆者が取材を通して聞いたお話をもとに構成しています。
登場する人物・出来事は実在のものではありませんが、多くの人が抱える心の風景として描きました。

(文・ユエ)


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