夜桜と シロクマ文芸部

母からのメッセージ 【531字】
夜桜とどいたかい?
留守番電話に母の声。いつ以来だろう。
齢八十を迎えた母は連れ合いを亡くして二十年、一人で暮らしている。テキパキとなんでもこなして、憎まれ口もそれなりに達者だった。
たまに会いに行ってもげんなりするだけだった。「もう歳なんだからな。ムリすんな」そんなことでも言おうものなら、何倍にもなってお小言が返ってきた。
他人の力は借りない。そんな気概が背中から滲み出ていた。僕も他人なのか?
夜桜でも見に行け!と母が言っている。
花冷えの夕暮れ、僕は靴を履いた。
ライトアップも何もない川べりを桜を眺めるともなしに歩くと、ねぐらに帰りそこねた鷺が一羽、岩の上に佇んでいた。
家に帰ると、玄関前にダンボールがひとつ。手に取ると何も入っていないように軽い。
母からだった。
本当に何か送って寄越したらしい。丁寧に貼られたガムテープを引き剥がすと、中には何もなかった。
「これが夜桜か?」
思わず口をついて出た。
そういえば先日、YouTubeでピーマンの中の空気を瓶詰めにして売っているのを見たっけ。
ダンボールの中に首を突っ込んでも、それらしい匂いはしなかった。
母の弱くなった声が耳に甦った。意固地はそろそろやめにした方がいい。
僕はダンボールを抱えて、家に入った。
靴箱の靴を詰めた。
了

小牧部長さま
よろしくお願いいたします
