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「私には女が理解できない」家族に囲まれ育った男性が、なぜ恋愛を「高嶺の花」と認識したのか?


1. 隔離された環境と恋愛への隔絶感

 私は幼い時から、祖母、妹、母親、三人の女性に囲まれて育ちました。そして、それと対照的に、学校では女友達はいなくて、家族は女性に囲まれているけど、学校や外では女性と縁がない、不思議な環境で育ったと思います。

 大人になって働いてからも、職場の女性とは最低限の接触(せっしょく)しかなく、なんというか、恋愛とか、結婚とかは、高嶺の花というか、知り合いの人が結婚したとか、彼女ができたとか聞くと、まるでその人が宝くじに当たったんじゃないか、大事故にあったんじゃないかとか、天変地異が起きたかのような錯覚を覚えました

2. 社会的「当然」とのギャップと自己分析

 現代に生きる人、特に男性にとって、恋愛や結婚は当たり前のものであり、女性とメールをしあったり、Lineしたり、電話したり、当然のごとくやるものだとみなされてます

 私にはそうした当然なことがなかったのです。それは別に自分が女性に対して嫌悪感を抱いてたとか、好きでなかったとかではありません。なんというか、家に常に三人女性がおりますので、彼らとの関係性がそのまま外の女性に心の中で適用されて、そのまま女性と疎遠になったのだと思います。

3. 外的要因と行動への消極性

 もちろん私の性格と外見が、女性と接するうえで不利だった、そういうこともあります。外見の優れている人は、今はソーシャルメディアやマッチングアプリに写真を投稿すれば、女性からメールが来るかもしれませんし、こちらからも積極的に女性に対して接触できたかもしれません。しかし、私はほとんどそうしたことをしませんし、できませんでした

4. 恋愛への二極化と「不要論」への偏見

 昔から、女性に対して恋愛や結婚を積極的になれる人と、そうでない人にどうして別れるのかなと考えてました。今は早い人は中学生から、もっと早い人は小学生から女友達やガールフレンドを持ったり、キスをしたり、性交をしたり、行動に移(うつ)すのです。

5. フィクションの中の恋愛と現実生活との分離

 しかし、ある人によれば、それら異性との身体的、性的な接触は永遠に未知であり、不可能であり、場合によっては不要なものと考えられます。私のまわりにいた知人、友人はかなりその手の人がおりました。

 だから、恋愛とか結婚とか、家族や子供を持つなどして苦労している人を見ると、ほとんどそういうことは私たちとは関係ないことで人生を消耗している人であり、今の日本社会の中で、戦争に行くことが義務付けられていないのに、戦争に自分から積極的に行くかのような人々と同一視するような、偏見に陥ってしまうのであります。

 しかし、テレビだとか、あるいは文壇(ぶんだん)であったり、小説であったり漫画であったりゲームの中は、恋愛する人たちが当然であり、どの男性とどの女性がくっついたとか、そういう話が普通に出てきます。

 私としましては、たとえば好きなロールプレイングゲームをやっていて、恋愛の描写があったとしても、それはその中だけの話だと割り切ってプレイしていて、それが日常の私の生活に影響を及ぼしてくることはまれでした

6. 占い師の経験から見た男女の関心事の差異

 占い師を少ししていたことがありまして、女性からの相談が多くありました。女性たちの相談の多くは、男性との関係にありました。それに比して、男性からの相談は、病気や人生に対する苦悩だとか、女性と関係することに悩んでいる人は妙に少なかったのです。

7. 女性の「愛」と「トラブル」への非理解

 そして女性のなかには深刻な家庭内暴力を男性から受けたり、実の旦那から育児放棄にあっているとか、恋人に結婚詐欺でだまされたとか、とても大変そうな話もありました。

 私は彼女たちがなぜそうしたトラブルに巻き込まれるのか、原因をあまり理解しておりませんでした。男性とさえ交際しなければ、関わらなければ防げた事件だったといつも感じました。

 しかし彼女たちにとって切実なのは、トラブルを避けたり、マシな人生を歩むという消極的なことではなく、男性への愛情なのです。彼女たちは男性たちを深く愛していますし、愛なしでは生きれない、この人生がそれでは生きるには値(あたい)しないと場合によっては考えているのだと思います。

8. 愛情の裏返しとしての憎悪と排他的感情

 不倫されたり、二股(ふたまた)をかけられてる女性たちから、その男性たちを呪い殺してくれと依頼があったこともありました。当然そんなことは霊能力者ではない私にはできないことでしたが、非常に困りました。ただ、そんな時でも女性はその、不貞を行った男性を愛してるのだと感じました。もしも彼女たちがその男性たちを愛していないならば、彼らにこだわる必要はありません。もちろんその男性たちの妻や彼女を殺したいと言ってる女性たちもいました。占いで恋愛相談をする女性たちにとって、男性との関係は人生の全てなのです

 しかしながら、基本的なところ、女性がある男性に対して、愛や、あるいは憎しみを常に持っているのは確かなことでした。愛というのはその人だけを愛するという、いわばある種の排他的(はいたてき)な、独占的な感情であります。そしてそれが満たされないときは憎悪に愛慕(あいぼ)の念は変わります

9. 恋愛行動前の過剰な自己評価と内的な投影

 結局のところ、特定の人に関心が向くということは、それが愛情であれ、憎しみであれ、その人のことをかけがえのない人だと思ってるのだと思います。私のような、女性に縁の薄い男性の場合だと、まず女性に近づくには身なりをよくしなければならないとか、女性に好かれるように性格を良く振舞(ふるま)わねばならないとか、いろいろ考えてしまうのであります。

 恋愛において私は、その女性にとってふさわしい人間であるか、その女性と交際するうえで、足りないものは何かとか、そういうことをその女性と話す前に考えてしまいます。本当に無駄なことです。と言いますのは、人間というのは自分の考えていることをそのまま相手もこう考えているのだろうと投影させます。男女というのは、同じ人間であるのに、基本的に考えていることがかなり違う

10. ジェンダーと価値観の刷り込み

 *ジェンダーという、社会的な性差という考え方がありますが、それが家族や学校によって刷(す)り込まれてる価値観なのか、そうでないのかはわかりませんが、男だったらサッカーをしたい、あるいはおままごとをするよりも、サッカーするほうがかっこいいとか、それが意識的か無意識的かわからないけれども考え方の傾向として根付いてるのであり、思春期もその延長上に過ごすことになります。

ジェンダー:生物学的な性(Sex)とは異なり、社会的・文化的につくられる性別や、それに基づく役割、行動、関係性

11.永遠に不理解な女性との関係性

 私はこれからどう女性と付き合おうとするのかわかりません。もはや祖母は死に、母は高齢です。妹とは私が病気になって以来、相手にされないし、絶縁状態です。私にとって女性との関係性というのは生まれてから死ぬまでずっと理解不能なものであり、それが私が死ぬまで続くと思うと、まともに考えるべきことではないと思います。私にとって異性である女性と自然に交際したり、あるいは友人関係を作ったりするのは超能力者がスプーンを曲げるくらい不可思議で、縁のないことでした。そしてそういった考えが、これからもずっと続くと予想しています

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