笛の音の向こうから
はじめに
皆さん、こんにちは。フククです。
私は長年、小学校の教師として働いてきました。しかし、徐々に筋力が低下する難病を患い、現在は自宅で車椅子生活を送っています。
「健常者」として生きてきた私は、病気によって身体障害者という立場になりました。これは、私にとって大きな転機でした。
だからこそ、実際に経験した私にしか分からないこと、感じられないことがあります。そんな経験を活かし、日常の気づきや工夫、家族やペットとの出来事、障害者になって初めて知った制度や福祉、障害年金などについて、noteを通して発信していきたいと思っています。
今回は、今年5月に行われた、私の村の春の神幸祭について書いてみたいと思います。
少し前の出来事になりますが、窓の外から聞こえてきた笛の音が、私の中に昔の記憶を呼び起こしてくれました。そして、その音をきっかけに感じた、人とのつながりや過ぎていった時間について、ぜひ皆さんにも聞いていただければと思います。
「ピッピッ、ピッピッ」――笛の音が聞こえてきました
「ピッピッ、ピッピッ。」
遠くから少しずつ近づいてくる笛の音に、私はハッとしました。
「ああ、今年もこの季節が来たのだ」と。
今日は、この村の春の神幸祭です。子どもの頃から、五十年以上続いてきた祭り。
この祭りは、毎年5月3日と4日に行われます。
3日は準備の日です。
子ども会や老人会の人たちが、それぞれ役割を分担し、参加できる人みんなで祭りを作り上げてきました。
この祭りの準備は、 5月3日の一日で終わるものではありません。
5月に入る少し前から、竹を切り出し、買い出しに出かけ、食事の段取りを整えます。そうして祭りは、少しずつ形になっていきます。
そして4日、いよいよ本番を迎えます。
かつては、もっと賑やかだった
私の村には「五社会」という男たちだけの会があります。
20年ほど前にできたもので、村の行事を支え、祭りにも新しい活気をもたらしてきました。私も、その一員でした。
そしてかつて祭りは、もっと賑やかでした。
お神輿を担いだ五社会の男たちが、まず先頭を練り歩きます。
そのあとに子どもたちの樽神輿が続き、さらに飾り竹と幕で飾られた軽トラックが続きます。さらにその後ろには、踊り子たちが連なっていました。
スピーカーから流れる大音量の音楽、威勢のいい掛け声、絶えない笑い声。村全体が一つになって動いている。
そんな熱気がありました。
少しずつ変わっていった祭り
けれど、今は違います。
子どもも担ぎ手も減り、参加する人の数も随分少なくなったようです。
軽トラックも踊り子も、いつの間にか姿を消しました。音楽も流れません。
お神輿は担ぐのではなく、小さな台車に乗せて引いて回っているようです。
各戸の前で「わっしょい、わっしょい」と声を上げながら、台車を揺らすだけです。
その光景は、どこか微笑ましく、同時に、少し寂しくも感じます。
昔の祭りを知っている私にとっては、その変化が少し切なく感じられるのです。
私は窓から祭りを眺めていました
今の私は、その場に行くことさえできません。
病気をしてからは、外に出ることも難しくなったからです。
今年も、お神輿の一行は私の部屋の窓から見える駐車場で足を止めました。車椅子のまま窓際からぼんやりと眺めていると、その中に見覚えのある顔を見つけました。
Kさんです。
記憶を呼び覚ましてくれた「Kさんの笑顔」
私たちの息子同士が同じサッカークラブに所属していた縁で、よく酒を酌み交わした仲です。
Kさんは、部屋の中にいる私に気づくと、にこりと笑い、軽く手を振って頭を下げてくれました
昔と全然変わらない、笑顔。
その瞬間、記憶がよみがえりました。
子どもたちのサッカーの試合に熱くなり、大声を張り上げたこと。
送迎の車の中で交わした、何気ない会話。
一緒に笑ったこと。
一緒に酒を飲んだこと。
当時は特別な出来事だとは思っていませんでした。
けれど今の私にとっては、大切な思い出ばかりです。
――Kさんは、私のことを覚えていてくれたのです。私も笑顔で頭を下げました。ほんの一瞬でしたが、それで十分でした。
祭りのあとに残された五色の竹飾り
お神輿一行が去ったあと、部屋の前には五色の竹飾りが一本、そっと置かれていました。
その竹飾りを見たとき、私は何とも言えない気持ちになりました。
今の私は、祭りの中に入ることも、一緒に歩くことも、お神輿を担ぐこともできません。それでも、自分の存在を覚えていてくれる人がいる。そして、わざわざ竹飾りを置いていってくれた人がいる。そう思うだけで、胸が温かくなりました。
祭りは、人が集まって楽しむだけのものではないのかもしれません。
人と人とのつながりを、そっと確かめる時間でもあるのだと思いました。
何でもない時間が、かけがえのない時間でした
まだ私が祭りに参加できていた頃、祭りのあとの集会所では、盛鉢や寿司、冷えたビールが並び、大勢の村人が集っていました。いわゆる祭りの打ち上げです。挨拶のあとに乾杯し、やがてビンゴやカラオケで盛り上がります。
人が集まり、笑い、話をする。何でもない時間でした。けれど今振り返ると、それはかけがえのない時間だったのだと思います。
笛の音の向こうから
最近の私の村の祭りでは、子どもも、担ぎ手も減り、軽トラックも踊り子も、音楽もありません。
それでも、人と人とのつながりは、確かに残っています。
あの笛の音は、ただの合図ではありません。
過ぎていった時間と、人の記憶を運んでくる音だったのです。
子どもたちと一緒に走り回っていた自分。
仲間たちと笑い合っていた自分。
祭りの中にいた、かつての自分。
そして今は、その祭りを窓から眺めている自分。
姿は変わっても、思い出まで消えてしまったわけではありません。
だから今年も、私はその音に耳を澄まし、窓の外を見ます。
そして、変わらずに続いているものを、静かに確かめるのです。
#笛の音の向こうから
#春の神幸祭
#祭りの思い出
#人とのつながり
#車椅子生活
#障害者の暮らし
#故郷の風景
#大切な思い出
#人生の思い出
