断酒すると、人生に革命が起こる
――五十歳を過ぎてやめた男の、七年目の答え合わせ
2019年7月。ハーフマラソンを走り終えた僕は、いつものようにビールをがぶ飲みしていた。レース後の解放感に任せて飲む一杯は「ランナーあるある」だ。飲む、飲む、飲む。気づけば夜が更け、翌日は酷い二日酔いに苦しむ。
酷い二日酔いなら、若い頃から数えきれないほど味わってきた。そのたびに酒をやめようと思い、またすぐ飲む。この繰り返しこそ、酒飲みの性だろう。
だが、あの日は違った。もう嫌だ。体力を上げたい。ライフスタイルを美しく整えたい。残りの人生をきれいに送りたい。理屈ではなく、頭と体で本当に分かったから、やめられたのだと思う。
断酒開始は2019年7月26日。手元に70日目と100日目のメモが残っている。七年後のいま、掘り起こしてみる。
まず、泡でごまかす
始めたばかりの頃は、いつビールが欲しくなるか、自分でも自信がなかった。だからとにかく、泡の出るものを用意した。ソーダでは味が薄い。氷で満たしたグラスに、ゼロカロリーコーラを注いで飲む。
それと、以前から気づいていたことがひとつあった。空きっ腹にしないこと。腹が減っていなければ、酒への欲求はかなり抑えられる。ゼロカロリー炭酸を飲みながら、飯をちゃんと食う。序盤の技術は、これだけだった。
最大の難関は「飲みニケーション」
一番の不安は、酒そのものより人付き合いだった。親友も、旧友も、クライアントも、仕事仲間も、関係にはすべて酒の席があった。「飲みに行きませんか」が、合言葉だったのだ。
断酒70日の時点で、飲み友達とは一度も会っていない。会ったのは酒を飲まない人と家族だけ。会社勤めの人とは昼間に会えないから、誘いは自然と消えていく。酒をやめれば、交友関係はがらりと変わる。まずそれを受け入れるしかない。
五十歳を越えてからの断酒は、人生の方向転換に等しい。僕は「断酒すると人生に革命が起こる」と言うことがある。大げさではない。曲がりかけていた自分の進路に気づき、自分の手でハンドルを切り直した。そういうことだからだ。それに気づけたのだから、僕の勘もまだ鈍っていない。
僕は、何のために飲んでいたのか
なぜ飲むのか、自分なりに突き詰めてみた。答えは、ストレス発散だ。好きなこと、やりたいことが、他人の干渉や仕事のせいでできない。そのうっぷんを晴らし、抑えていた気持ちを解き放って、気分を高ぶらせたくて飲む。僕にとって酒は、興奮剤と同じだった。
ちなみに、寂しさを紛らわすために飲んだことは一度もない。男はもともと孤独な生き物だと思っている。なんとなく飲むことも、やけになって飲むこともなかった。僕の酒は、興奮したくて飲む酒。それがはっきりしていたことが、あとで効いてくる。
体は正直に応える
酒をやめると、なに気ないときにふと気持ちよさを感じる。「ああ二日酔いじゃないって良いな」だったり、清々しさを感じたりさまざまだが、とにかく疲れを引きずることなく、体力が戻り、気分も上がる。それがそのまま、酒をやめ続ける力になる。
気分が不安定なときほど、この清々しさが効いてくる。体力が上がるから自然と行動も前向きになる。起きたらベッドを整える。猫の世話をする。軽い運動(僕の場合は自転車)。部屋の掃除をする。いつも同じ順番でやる。「朝起きたら、まず何をするか」。そこから一日が組み上がっていく。
付き合い方の、僕なりの結論
では、人付き合いはどうしたか。結論はこうだ。
仕事関係の相手とは、昼間だけ付き合う。ゴルフならゴルフまで。その後の飲み会には行かない。山に登る友人、マラソン大会を走る友人――気を許せる相手とは、晩飯の席で僕だけ飲まずに食事を楽しむ。
思えば高校時代の友人とは、酒なしで一緒に遊んでいた。それが酒を覚えてから、飲み会でしか会わなくなった。一緒に楽しめるものがあるなら、酒は要らない。山でも、マラソンでも。
この歳なら、自分を最優先でいい。相手を思いやり、行儀よく付き合えば、それで十分だ。僕は「いつもご機嫌さんにしていることが最大の社会貢献」と言うことがある。
誘いは断り続ければいい。そのうち誘われなくなる。何も怖くはない。あの席の一時間は、僕には七時間に感じられる。残りの人生を、あそこで溶かすのはもったいない。
七十日目の僕が書き残した「コツ」
当時のメモには、断酒のコツがこう並んでいる。
やめたきっかけを、忘れないこと。酷い二日酔い。飲んだ日と翌日、二日分を損すること。落ちていく体力。あんな思いは二度と嫌だ、と。
X(Twitter)に断酒アカウントを作ること。「断酒」「禁酒」で検索してフォローすれば、同じ立場の人ばかりで、互いに応援し合える。
そのフォロワーの一人が、忘れられない言葉をくれた。酒をやめること自体を目的にしたら、ただの我慢比べで地獄だ。断酒は手段。より良い生活を手に入れるための手段なのだ、と。これは深く腑に落ちた。僕の背中を押してくれた言葉である。
空きっ腹にしないこと。ゼロカロリー炭酸と氷。ご飯をちゃんと食べること。
何より、ワクワクすること、好きなこと、夢中になれることをどんどんやること。それがやりたいから、酒をやめる。飲んでいた時間と酒代を、そっくりそちらに回す。僕の場合は「もう一度、本を読もう」だった。結局、すべてはここにつながった。
もうひとつ。きれいなものに囲まれて暮らすこと。掃除をして、身の回りを整える。動物の巣穴のような部屋にしない。美しいものに囲まれて生きたい。そこに酒は要らない。
依存する人と、しない人
働きながら酒に依存していく人は多い。一方で、そうならない人もいる。違いは何か。
好きなこと、夢中になれることがあるかどうかだと思う。それは会社の仕事でもいい。やりがいを感じて働いている人は、世の中に大勢いる。
問題は、嫌いな仕事を嫌々やるストレス、望まない生活を続けるストレスだ。嫌いなものを好きにはなれない。仕事や生活そのものを変えない限り、ストレスは消えない。そして酒は一生続く。
僕もそうだった。生きるため、金を得るために、やりたくないことを必死にやってきた。そんな中でようやく好きなことが見つかり、それができるようになって今がある。五十歳になって、やっと分かった。あとは好きに生きる。
百日目の不安、七年後の答え
百日目のメモには、リスクも書いてある。ケガ、病気、トレーニングへの飽き、人間関係のもつれ。どうにもならない問題を抱えたとき、それを理由にまた飲むのではないか。
「何日たてば、酒をやめたと言えるのか」とも書いている。あの頃の僕は、自分を「断酒チャレンジ中の身」と呼んでいた。宴会の勢いで一口が二口になる自分を、まだ疑っていたのだ。
メモの最後、2021年1月3日の結論はこうだ。
やめていられるのは、やはり、あの強烈な二日酔いの記憶と、体の辛さだ、と。
そして今日、2026年7月28日。断酒から丸七年が過ぎた。酒はないのが当たり前の生活が、ただ続いている。「チャレンジ中」と名乗っていた男は、挑んでいたことすら忘れた。
これからの目標は変わらない。ケガと病気をしないこと。人生をもっと楽しむこと。そして、自分という人間を高めていくこと。
グラスの中身が変わっただけで、人生はここまで変わるのだ。
