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子供の成長を感じるとき

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俺が父親になったのは、成人式の日だった。

酒を飲んでいた俺は、出産の知らせを聞いて、吐きながら病院へ急いだ。

今思えば、子供より自分の方がずっと子供だった。

自分で何かを決めるのが苦手で、友達に誘われればそのまま遊びに行く。
先のことより、その日が楽しければよかった。

そんな俺でも、子供が生まれた瞬間から「父親」と呼ばれるようになった。

もちろん、急に立派な父親になれたわけではない。

抱き方も分からない。
泣いている理由も分からない。
何をしても泣きやまないと、こっちまで焦る。

それでも子供は、こちらの準備を待たずに育っていった。

子供の成長というと、身長が伸びたときや、入学式、卒業式のような大きな出来事を思い浮かべる人が多い。

俺もそう思っていた。

でも、実際に成長を感じるのは、もっと普通の日だった。

昨日まで手伝っていたことを、急に「自分でやる」と言い出す。

前はうまく言えなかった言葉を、当たり前のように使う。

少し前まで届かなかった場所に、いつの間にか手が届いている。

買ったばかりだと思っていた服や靴も、すぐに小さくなる。

毎日見ていると変化には気づきにくい。

それでも、昔の写真を見ると驚く。

「こんなに小さかったっけ」

そう思って隣を見ると、写真の中とはまったく違う顔で笑っている。

子供は、親が気づかないところでも少しずつ育っている。

でも、成長をうれしく感じる一方で、少し寂しくなることもある。

何でも親に頼っていた子が、自分でできることを増やしていく。

手伝おうとすると、「大丈夫」と断られる。

親としては、できることが増えたのだから喜ぶべきだと思う。

それでも、もう自分が手を出さなくてもいいんだと思うと、置いていかれたような気持ちになる。

子供の成長とは、親が必要とされなくなる準備でもあるのかもしれない。

昔は、早く大きくなってほしいと思っていた。

夜に何度も起こされたとき。
言うことを聞いてくれなかったとき。
自分の時間がまったく取れなかったとき。

「早く一人でできるようになってくれ」

そう思ったことは一度や二度ではない。


でも、実際に一人でできるようになると、今度は昔が恋しくなる。

抱っこを求めてきた時間も、何度も同じ話を聞かされた時間も、そのときは永遠に続くように感じていた。

本当は、すぐに終わってしまう時間だった。

俺は、自分の過去を後悔することがある。

遊ぶことを優先して、未来のために何も積み上げなかった時期。

自分ならいつかできると思いながら、何も始めなかった時期。

だからこそ、子供には同じ道を歩ませたくない。

ただし、「勉強しろ」「努力しろ」と口で言うだけでは伝わらないと思っている。

子供は、親が言ったことより、親が毎日していることを見ている。

スマホを眺めながら「努力しろ」と言っても説得力はない。

だから俺も、少しずつ行動を変えた。

転職を自分で決めた。
ライティングを学んだ。
AIを使いながら文章を書き、初めて報酬を受け取った。

大きな成功ではない。

それでも、自分で決めて動いた結果を、初めて形にできた。

子供の成長を見ていると、「自分も止まっていられない」と思う。

昨日できなかったことを、今日は少しだけやってみる。

失敗しても、また覚え直す。

子供がそうやって育っているのに、親だけが「今さら遅い」と諦めるわけにはいかない。

子供の成長を感じるのは、できることが増えたときだけではない。

その姿を見て、自分も変わろうと思えたときだ。

子供を育てているつもりだった。

でも実際は、子供に背中を押されながら、俺も少しずつ父親になっている。

#子どもの成長を感じるとき

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