家族や友人の『ワクチン不信』に悩むあなたへ贈る、5年間の調査結果
「ワクチンなんて信用できない」——家族や友人からそう言われて、どう答えればいいか分からなくなったことはありませんか。頭ごなしに否定しても、かえって心を閉ざされてしまう。かといって、そのまま受け止めてしまっていいのかも分かりません。私自身、公認心理師として人の心の動きに向き合う中で、この「分かり合えなさ」の正体がずっと気になっていました。もしかしたらそれは、その人が「間違っている」からではなく、私たちがまだ、その不信感の正体をきちんと言葉にできていないだけなのかもしれません。今回、日本で2020年から2024年まで5年間続けられた大規模な追跡調査の論文を読み、その答えのヒントが見えた気がしています。今日は、その中身を一緒にひもといていきたいと思います。
陰謀論は「ひとつの塊」ではなかった
まず驚かされたのは、陰謀論とひと口に言っても、実はまったく性質の異なる2つのタイプに分かれるという発見でした。
ひとつは、政府や製薬会社が本当のことを隠しているのではないか、という「制度不信型」。もうひとつは、ワクチンに追跡用の小さな装置が仕込まれている、といった「非現実的陰謀論型」です。
この研究チームは、2020年から2024年まで、同じ2000人を毎年追いかけるという、気の遠くなるような調査を行いました。5年後に残っていたのは600人、実に7割の方が途中で調査を離れていったそうです。それでも粘り強く追跡を続け、最後に8つの質問項目を統計的に分析したところ、この2つのタイプがくっきりと分かれて浮かび上がってきたのです。
私はこれを読んで、長年ぼんやりと感じていた違和感に、ようやく言葉が与えられたような気持ちになりました。「陰謀論を信じる人」とひとくくりに語るやり方そのものが、実は少し乱暴だったのかもしれません。
少数派なのは、実は「あちら側」だけだった
ここが、この論文でいちばん心に残った部分です。
マイクロチップや洗脳装置を信じる「非現実的陰謀論型」は、調査の結果、ごくわずかな少数派にとどまっていました。多くの方は、そうした話にはほとんど賛同していなかったのです。
ところが「制度不信型」——政府や製薬会社への不信感——のほうは、まったく事情が違いました。強く信じている人から、まったく信じていない人まで、驚くほど幅広くばらついていたのです。つまり「都合の悪い情報を隠しているかもしれない」という感覚は、決して一部の"変わった人"だけのものではなく、程度の差こそあれ、多くの方の心のどこかに存在しているということなのだと思います。
SNSを眺めていると、極端な意見ばかりが目に飛び込んできて、まるで世の中の多数派がそう考えているかのように錯覚してしまうことがあります。この調査結果は、その錯覚に静かに水を差してくれるものでした。目立つ声と、実際に多くの人が抱えている感覚は、必ずしも同じではないのです。
「情報の量」ではなく「情報への向き合い方」
3つ目に、私が最も自分の仕事と重ね合わせたくなったのが、この発見です。
研究チームは当初、「テレビや新聞をあまり見ない人ほど、陰謀論を信じやすいのではないか」という仮説から出発しました。実際、単純に集計すると、その傾向は見られたそうです。
ところが、そこに「メディアそのものへの懐疑心」という心理的な要素を加えて分析し直すと、様子が一変します。メディアをどれくらい見るかという利用頻度の影響はほとんど消えてしまい、代わりに「もともとメディアをどれくらい疑っていたか」「その疑いが5年間でどれだけ強まったか」という要素のほうが、圧倒的に強く関連していたのです。実際、心理的な要素を加える前の説明力は7%ほどだったのに対し、加えたあとには36%まで跳ね上がったといいますから、その差は決して小さなものではありません。なお、若い世代ほどこの制度不信型の傾向が強く出ていた一方、性別による違いはほとんど見られなかったそうです。
たとえるなら、雨漏りのようなものだと私は感じました。雨、つまりコロナ禍という出来事が降ったから急に漏れ始めたように見えても、実際にはその前から天井にひびが入っていた。パンデミックという大雨は、もとからあった不信感というひびを、大きく広げて見せただけだったのかもしれません。
現場の実感として
公認心理師という仕事をしていると、「正しいエビデンスを見せれば、いずれ納得してもらえるはずだ」という前提で人と接してしまいそうになる瞬間が、正直あります。しかし今回の調査結果は、その前提そのものを見直すきっかけをくれました。
目の前の人が抱えているのが「情報を知らないこと」ではなく「情報を届けてくる相手への不信感」だとしたら、正しいデータをただ突きつけるやり方は、むしろ逆効果になりかねません。かつてレーガン元大統領が使い、広く知られるようになった "Trust, but verify"(信頼せよ、されど確認せよ)という言葉がありますが、多くの人が本当に求めているのは検証の材料そのものよりも先に、「信頼していいのだろうか」という土台の部分なのだと、この論文を読んであらためて感じました。
大切なのは、相手の意見を無理やり変えさせることではありません。「なぜこの人は、この情報源を信じられないと感じているのだろう」と、いったん立ち止まって考えてみる。それだけで、会話の温度は少しずつ変わっていくのだと思います。
気をつけたいこと
ひとつだけ、フェアにお伝えしておきたいことがあります。
この研究が示したのは、あくまで「メディアへの懐疑心と陰謀論的な信念のあいだに、時間を追った強い関連がある」ということであり、「メディア不信が陰謀論を生み出す」という因果関係そのものを証明したわけではありません。陰謀論への傾きが先にあって、それがメディアへの不信感を強めた、という逆向きの流れも否定できませんし、著者自身もその点には慎重な姿勢を取っています。
また、この調査はオンライン上で募集された方々を対象にしており、日本社会全体を代表するサンプルとは言い切れない点にも触れておく必要があります。
事実と解釈は、きちんと分けて受け取っていただけたらと思います。
おわりに
長くなりましたが、最後に今日の内容を整理しておきます。
ひとつ目は、陰謀論は決してひとつの塊ではなく、「制度への不信」と「現実離れした主張」という、性質のまったく異なる2つに分けて考える必要があるということ。
ふたつ目は、極端な主張を信じている人はごく少数派である一方、「政府や企業は情報を隠しているかもしれない」という感覚そのものは、思っている以上に多くの方が抱えているものだということ。
みっつ目は、その感覚を形づくっているのは、情報にどれだけ触れているかという「量」ではなく、その情報をどれだけ信じられるかという「質」の問題だったということ。
誰かの「信じられない」という言葉に出会ったとき、それを切り捨てるのではなく、その奥にある不信感の輪郭に、少しだけ目を向けてみる。それだけで、これまですれ違ってきた会話が、違う形で進み出すことがあるかもしれません。あなたにも、きっとその一歩を踏み出せると、私は思っています。
以上が、今回お伝えしたかった内容です。どこか一つでも「試してみよう」と思える点があれば幸いです。お読みいただき、ありがとうございました。
出典:Yamamoto, H., Suzuki, T., Ogawa, Y., & Umetani, R. (2026). Longitudinal predictors of vaccine conspiracy beliefs: findings from a five-wave panel study in Japan. Scientific Reports, 16, 23869. https://doi.org/10.1038/s41598-026-57049-5
#陰謀論 #ワクチン不信 #メディアリテラシー #公認心理師 #心理学
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします。いただいたチップは、執筆のための書籍購入や、AIのために使わせていただきます。