騙されない心を育てるために。公認心理師が教えるデマへの3つの防衛術
最近、SNSで思わず「ひどい」「許せない」と心が動いた投稿を、確かめもせずシェアしそうになったことはありませんか。実はその感情が動いた瞬間こそ、デマがすっと心のすき間に入り込むタイミングなのです。私は公認心理師として、人の心の動きを見つめてきましたが、デマに騙される人は決して弱い人でも愚かな人でもありません。むしろ、真面目に情報と向き合おうとする人ほど、巧妙に仕組まれた罠にはまりやすいのです。これは特別な誰かの話ではなく、私たち全員に起こりうることです。今日は、そんなデマの正体と、あなたの心を守るための具体的な方法について、じっくりお話ししていきたいと思います。
なぜ、まじめな人ほどデマに引っかかるのか ── 心が仕掛ける3つの罠
人間の脳は、生き延びるために「新しくて刺激的な情報」に強く反応するようにできています。事実は複雑で退屈なことが多いのに対して、デマはいくらでも衝撃的で分かりやすい「物語」に作り替えられる。
だからこそ、「怒り」や「恐怖」が動いた瞬間、脳の中で冷静な思考を担う部分がスッと引っ込み、感情が運転席を奪ってしまいます。まるで、火事場で頭より先に体が動いてしまうように。
マサチューセッツ工科大学の研究チームが大規模な調査で明らかにしたところによると、ウソの情報は真実のニュースよりおよそ6倍速く拡散するといいます。それだけ、人の心は「刺激的な物語」に弱いということなのでしょう。
心理学の古典的な研究に、オルポートとポストマンという学者が示した公式があります。デマの広まりやすさは「その話題がどれだけ重要か」と「証拠がどれだけ曖昧か」を掛け合わせて決まる、というものです。
災害や病気など、命に関わるからこそ重要度が高く、しかも公式な情報が追いつかず曖昧な状況ほど、人は情報に飢えます。そんなとき、たとえ根拠が怪しくても、分かりやすい説明をくれる情報に、つい飛びついてしまう。
これは弱さではなく、不安から自分を守ろうとする、とても自然な心の動きなのです。
さらにやっかいなのは、人は自分がすでに信じていることを裏づけてくれる情報ばかりを、無意識に集めてしまうという性質です。加えて、同じ情報を何度も目にするだけで、脳の中でその情報がスルスルと処理されるようになり、「馴染みがあるから、たぶん本当なのだろう」という錯覚まで生まれます。
SNSのタイムラインで同じデマを何度も見かけると、たとえ後から訂正記事が出ても、最初に刷り込まれた印象はなかなか消えてくれません。医療の現場に身を置いていると、こうした「思い込みの根強さ」に触れる場面は本当に多く、知識の量ではなく、心の仕組みの問題なのだと実感させられます。
デマが燃え広がる舞台装置 ── 個人の弱さだけでは説明できない3つの理由
デマが広がる理由は、個人の心理だけでは説明しきれません。今のSNSは、私たちがどれだけ長く画面を見続けるかによって、広告収益が決まる仕組みで動いています。
アルゴリズムにとっては、正確な情報よりも「怒りや恐怖を煽る過激な投稿」のほうが、人を画面に釘づけにできる、いわば優等生です。研究者のシナン・アラル氏は、この仕組みを「ハイプ・マシン(誇大宣伝機械)」と呼びました。
つまり私たちは、自分の意志とは関係のないところで、デマが優先的に届けられる舞台に立たされているのです。
アルゴリズムが自分の好みに合う情報ばかりを選んで見せてくる「フィルターバブル」と、似た意見の人同士が集まって声を反響させ合う「エコーチェンバー」。この二つが組み合わさると、まるで防音室の中にいるように、外の声が届きにくくなります。
その中では「みんなが言っているから本当だ」という空気が強まり、ファクトチェックのような訂正情報すら「敵からの攻撃」だと感じられてしまう「バックファイア効果」まで起きることがあります。これは意固地になっているのではなく、自分の居場所や仲間を守ろうとする、人として自然な防衛反応でもあるのです。
イタリアのプログラマー、アルベルト・ブランドリーニ氏が指摘したことに、「デタラメを作るコストに比べて、それを訂正するコストは桁違いに大きい」というものがあります。
悪意ある発信者は一瞬で偽の情報を量産できても、それを一つひとつ確かめて否定するには、膨大な時間と労力が必要です。この非対称性を利用し、大量のデマを絶え間なく浴びせ続ける「虚偽の消防ホース」と呼ばれる手口さえ存在します。
目的は、特定の嘘を信じ込ませることだけでなく、「もう何が本当か分からない」という諦めの気持ちを社会に広げることにあるのです。
実際に何が起きてきたか ── 歴史と現在が示す実害
デマは、画面の中だけの出来事ではありません。関東大震災のときに広まった「井戸に毒が入れられた」というデマは、多くの命を奪う悲劇につながりました。
2016年の熊本地震では「動物園からライオンが逃げた」という投稿が拡散し、2024年の能登半島地震でも「人工地震だ」という説や、閲覧数目当てで偽の救助要請を投稿する、いわゆる「インプレゾンビ」が問題になりました。情報が足りない空白の時間ほど、デマはするりと入り込んでくるのです。
1999年に起きた、お笑い芸人スマイリーキクチさんへの中傷被害事件や、東名高速のあおり運転事件で無関係な会社が犯人だと誤って特定されてしまった出来事。ネット上の「正義感」が暴走すると、粗雑な思い込みだけで、まったく無実の人の人生が壊されてしまうことがあります。
正義感そのものは尊いものですが、確かめる前に拡散してしまう一歩の速さが、取り返しのつかない被害を生んでしまうのです。
医療の分野でも、深刻な被害が起きてきました。イギリスの医師アンドリュー・ウェイクフィールド氏が発表した、MMRワクチンが自閉症を引き起こすという論文は、のちに金銭的な利益のための捏造だったことが明らかになりましたが、その影響で世界中でワクチン忌避が広がり、一度は減っていた感染症が再び流行する事態を招きました。
新型コロナウイルスの流行期にも、「5G電波が原因」「ワクチンで不妊になる」といったデマが、実際の設備破壊や、必要な予防接種をためらう人を生み出しました。健康や命に関わる分野だからこそ、デマの代償はとりわけ重いのです。
心を守るための3つの防衛術 ── 公認心理師からの提案
ここまで、デマがなぜ広まるのかをお話ししてきました。「じゃあ、どうすればいいの」と感じている方も多いと思います。安心してください、完璧に見抜こうと気を張りつめる必要はありません。
大切なのは、情報を「疑う」という我慢比べではなく、自分の心を「確かめるチャレンジ」に変えていくことです。ここでは、今日からできる3つの方法をご紹介します。
ひとつ目は、あらかじめデマの手口を知っておく「プレバンキング」という考え方です。予防接種が、弱らせたウイルスを先に体に取り込んで免疫をつけるように、「感情を煽る」「不安を強調する」「なりすます」といったデマの典型的なパターンをあらかじめ知っておくだけで、実際にそれに出会ったときの心のブレーキが、驚くほど効きやすくなります。
ふたつ目は、心が動いた瞬間にこそ、一歩引いて自分を眺めてみることです。「許せない」「今すぐ知らせなきゃ」と強い感情が湧き上がったときこそ、「あれ、自分は今、感情を揺さぶられているんじゃないか」と、そっと自分に問いかけてみてください。
すぐに白黒つけようとせず、分からないままの状態にしばらく耐える力を、心理学では「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼びます。これは弱さではなく、成熟した心が持つ、静かな強さです。
みっつ目は、総務省も呼びかけている「ソ・ウ・カ・ナ」を合言葉にすることです。ソクダンしない、ウのみにしない、カタよらない、ナカだけ見ない。
そして、ひとつの投稿を深く読み込むより、別のタブを開いて複数の情報源を横断的に確かめる「ラテラル・リーディング」を習慣にしてみてください。18世紀のイギリスの文筆家ジョナサン・スウィフトの時代から、「嘘はまだ真実が靴を履かないうちに世界を半周する」ということわざのような言葉が語り継がれてきました(のちにマーク・トウェインの言葉として広まりましたが、実際の出典は彼ではないとされています)。
だからこそ、シェアする前のほんの数秒が、あなたと大切な人を守る、いちばん確かな一歩になるのです。
おわりに
最後に、今日お伝えしたことをまとめます。
デマに騙されるのは、意志が弱いからでも、知識が足りないからでもありません。人間の脳と心が持つ、ごく自然な仕組みが働いた結果です。
強い感情が動いたときほど、いったん立ち止まる
「重要さ」と「曖昧さ」が重なる場面ほど、慎重になる
シェアする前に、別の情報源で確かめる一歩を持つ
デマの手口をあらかじめ知っておき、心の免疫をつけておく
分からないままの状態に耐える力を、静かな強さとして育てる
この5つを心に置いておくだけで、あなたの情報との付き合い方は、確実に変わっていきます。
デマに振り回されない心は、生まれつきの才能ではなく、今日からのちょっとした習慣で、誰でも育てていくことができます。あなたには、その力がすでに十分に備わっています。どうか自分を信じて、今日から一歩ずつ、情報と丁寧に向き合っていってください。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
#デマ #情報リテラシー #心理学 #公認心理師 #フェイクニュース対策
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします。いただいたチップは、執筆のための書籍購入や、AIのために使わせていただきます。