たった1つの『スキマ』が、あなたの大切な人をデマの世界へ導いてしまう
「まさか、あんな話を信じるなんて」――ニュースのコメント欄を見て、そう感じたことはありませんか。終戦記念日が近づくたびSNSに現れる、あからさまな誤情報。先日はNHKの検証報道が大きな話題を呼び、多くの人が驚きの声をあげました。科学的な証拠がこれほど揃っているのに、なぜ人は明らかな嘘を信じてしまうのでしょう。実は、デマを信じてしまう心に、特別な弱さも愚かさもありません。むしろ、誰の心にも起こりうる、ごく自然な仕組みが働いているのです。公認心理師として日々ニュースと人の心の動きを見つめてきた私が、その正体と向き合い方をお伝えします。
なぜ、こんな話を信じるのだろう
先日、NHKが「原爆投下はデマだ」といった主張をSNS上で検証する記事を出し、大きな反響を呼びました。1万件を超えるリポストと、2万件近いいいねがつき、コメント欄には「なぜこんなことを信じるのか」という驚きの声があふれていたそうです。
私自身も、その気持ちにとても共感します。科学的な証拠がこれほど積み重なっている出来事を、なぜ人は「ウソだ」と言い切ってしまうのか。医療の現場に身を置く一人として、この現象を単なる「知識不足」や「頭の悪さ」で片づけたくないと、私は思っています。
なぜなら、デマを信じてしまう心の動きは、私たち誰の中にも眠っている、ごく普通の仕組みだからです。
心には、「スキマ」を埋めたがる性質がある
人の心は、わからないことをそのままにしておくのが苦手です。心理学では「認知的閉鎖欲求」と呼ばれたりもしますが、難しい言葉を使わなくても、私たちは経験的に知っているはずです。
たとえば、大切な人からの返信が来ないとき。用事があるだけかもしれないのに、つい「嫌われたのかもしれない」「何か怒らせてしまったのかもしれない」と、勝手に理由を作ってしまう。あの感覚と、実はよく似ています。
歴史的な出来事についても同じです。公式な説明が届く前に、あるいは説明が専門的すぎて実感が持てないときに、その「スキマ」を、誰かのわかりやすい――けれど事実ではない――ストーリーが埋めてしまう。デマや陰謀論は、多くの場合、公式発表よりも「物語」として心に届きやすい形をしています。だからこそ、スキマがあるところに、するりと入り込んでしまうのです。
「間違っている」と言われるほど、人は離れていく
もう一つ、私が現場で強く感じることがあります。それは、誰かの信じていることを頭ごなしに否定しても、その人がすぐに考えを変えることは、まずないという事実です。
むしろ逆に、「それは間違っている」「デマだ」と強く指摘されるほど、人は自分の考えにしがみつきやすくなります。なぜなら、多くの場合、その人が守ろうとしているのは「情報の正しさ」そのものではなく、その情報を信じることで得られた「居場所」や「仲間」だからです。
正しさをぶつけても、居場所は奪えません。むしろ、正しさをぶつけてくる相手を、新たな"敵"だと感じさせてしまうことすらあります。これは私の臨床的な実感であって、すべての人に当てはまる法則ではありませんが、対話の入り口として、とても大切な視点だと感じています。
医療の現場で感じてきたこと
私はカウンセリングを専門にしているわけではありませんが、医療の現場に長くいると、患者さんやご家族から、健康にまつわる不確かな情報について尋ねられる場面に、何度も出会ってきました。
「あの治療法は本当に効くんですか」「テレビでこう言っていたんですが」。そうした問いかけの奥には、たいてい「わからないことへの不安」があります。情報そのものよりも先に、その不安に寄り添う。そうすると、驚くほど素直に、事実の話に耳を傾けてもらえることが多いのです。
これは原爆や戦争といった歴史のテーマでも、きっと変わらないはずです。デマを信じてしまう背景には、多くの場合、社会や情報環境への不信感、あるいは孤独感が隠れています。そこに目を向けずに事実だけをぶつけても、対話は始まりません。
デマと向き合うために、私が大切にしている3つのこと
ここまでお話ししてきたことをふまえて、私が日々意識していることを、3つにまとめてみます。
一つ目は、頭ごなしに否定せず、「なぜそう感じたのか」を尋ねることです。相手の考えの背景には、必ず何らかのきっかけや感情があります。そこを飛ばして正しさだけを伝えても、届きません。
二つ目は、事実を並べる前に、相手の中にある不安や孤独に耳を傾けることです。情報の"スキマ"を埋めているのは、多くの場合、寂しさや心配です。そこに気づけると、対話の温度が変わります。
三つ目は、自分自身も「知ってるつもり」から自由ではないと、認める習慣を持つことです。私自身、専門家として情報を扱う立場にありながら、忙しさや思い込みから、確かめずに何かを信じてしまうことがあります。それを自覚しているからこそ、誰かを一方的に「愚かだ」とは言えないのです。
おわりに
終戦記念日が近づくたびに繰り返される、荒唐無稽なデマ。それを見て「なぜ」と驚くこと自体は、とても自然な反応です。けれど、その「なぜ」の先に、少しだけ想像力を働かせてみてほしいのです。
デマを信じてしまう心は、弱さでも愚かさでもなく、誰の中にもある、わからないことを埋めたがる自然な働きから生まれています。だからこそ、私たちにできるのは、正しさで殴ることではなく、相手の中にあるスキマに、静かに寄り添うことなのだと思います。
あなたが今日、誰かの言葉に「まさか」と驚いたなら。その驚きを、対話のきっかけに変えられるはずです。あなたには、その力があります。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
#情報リテラシー #デマ #陰謀論 #ファクトチェック #認知バイアス
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