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騙されないための一番の近道は、自分から嘘つきになってみることだった

最近、SNSで流れてきた投稿に、思わず心を動かされてシェアしかけたことはありませんか。あとになって「あれ、あれって本当だったのかな」と、ふと我に返った経験がある方も、きっと少なくないと思います。

実はそれ、あなたの意志が弱いからでも、リテラシーが足りないからでもありません。人間の脳は、感情を強く揺さぶる情報には抗いにくいように、もともとできているのです。

今日は公認心理師として、そして一人の医療従事者として、世界の最前線が見つけた「心を守るための仕組み」について、じっくりお話ししたいと思います。


「あとから正す」では、もう間に合わない


嘘やデマは、それを打ち消す真実よりもずっと速く、ずっと遠くまで広がっていきます。「嘘は真実がまだ靴を履いているあいだに、世界を半周してしまう」とよく言われますが、これは決して大げさな表現ではありません。

情報工学の世界には、ブランドリーニの法則という考え方があります。デタラメな情報を生み出すのに必要な労力と、それを訂正するのに必要な労力とでは、後者のほうが桁違いに大きいという法則です。感覚的にも、うなずける方は多いのではないでしょうか。

さらに厄介なのは、人間の脳のクセです。一度信じてしまった情報は、あとから「あれは誤りでした」と正されても、なぜか記憶の奥に残り続けてしまう。心理学ではこれを誤情報持続効果と呼びます。それどころか、自分の考えを否定されたと感じると、かえって元の主張を強く信じ込んでしまうバックファイア効果まで起きることがあります。

つまり、火事が広がってから水をかけるやり方には、構造的な限界があるのです。ここで世界の情報戦略は、大きく発想を転換させました。「燃え広がる前に、そもそも燃えにくい心をつくっておこう」という考え方です。

フィンランドと台湾、二つの国が選んだ道


その最先端を走っているのが、フィンランドと台湾です。

フィンランドは、欧州のメディアリテラシー指数で調査開始以来ずっと1位を守り続けている国です。隣国からの情報工作にさらされ続けてきた歴史から、教育そのものを「社会を守る手段」ととらえる文化が根づいています。

面白いのは、フィンランドが「メディアリテラシー」という単独の科目を作らなかったことです。国語でも理科でも保健の授業でも、あらゆる教科のなかに情報を見極める視点をそっと織り込んでいく。歴史の授業で戦時中のプロパガンダポスターを分析し、保健の授業で健康デマがなぜ検索上位に出やすいのかを話し合う。教科ごとに縦割りにせず、日常のあらゆる場面に予防接種を仕込んでおくような設計です。

私が個人的に心を動かされたのは、フィンランドの医学生たちがジャーナリストと組んで、ネット上の怪しい健康情報をやさしい言葉で解きほぐす活動を続けていることです。専門知識を持つ若い世代が、上から目線ではなく「主語の小さな、丁寧な対話」で語りかける。これは医療の現場に身を置く人間として、とても学ぶところの多い姿勢だと感じます。

一方の台湾は、世界でもっとも激しい情報工作にさらされている国の一つです。2025年には、外部からの世論操作情報が231万件を超えたと発表されています。この国が選んだのは、政府主導のトップダウン型ではなく、市民が支え合うボトムアップ型の防衛でした。

象徴的なのが、CoFactsという仕組みです。怪しいメッセージが届いたら、そのままLINEのボットに転送するだけで、データベースと照合された検証結果が返ってくる。まだ答えがない情報なら、無数の市民ボランティアが力を合わせて根拠を集めていく。ファクトチェックを一部の専門家任せにせず、社会全体の共同作業に変えてしまったのです。

この体制が生まれた背景には、重い出来事がありました。2018年、台風で関西空港が孤立した際に流れたデマがきっかけとなり、現地の台湾代表が世論の激しいバッシングのなかで自ら命を絶つという痛ましい出来事が起きています。この経験への深い反省から、台湾のファクトチェックセンターは常設化され、今の体制へとつながりました。情報の暴力が、時に人の命に直結してしまう。この事実は、私たちも心に留めておく必要があると思います。

「内容」ではなく「手口」を学ぶという発想


フィンランドと台湾に共通しているのが、プレバンキングという考え方です。日本語にすると「事前接種」でしょうか。

ワクチンが弱毒化した病原体を体に入れて抗体をつくるように、あらかじめ「弱められたデマの手口」に触れておくことで、本物の悪質な情報に出会ったときに、心が自然と警戒信号を出せるようにしておく。これが接種理論と呼ばれる考え方です。1960年代に社会心理学者が提唱した、決して新しくはないけれど、いまだからこそ光る発想だと感じます。

ここでの肝は、「この情報は正しい、これは間違い」という中身を教え込まないことです。何が正しいかを誰かが一方的に決めてしまえば、それは検閲そのものになりかねません。そうではなく、デマがよく使う手口という構造を学ぶのです。

恐怖や怒りで冷静さを奪う。物事を敵と味方の二つに分けて対立をあおる。資格のない人を専門家のように見せかける。証拠がないことを、隠蔽されている証拠だと逆手に取る。相手の主張ではなく人格を攻撃する。選択肢がいくつもあるのに、二つしかないように見せかける。こうした型を先に知っておくだけで、実際にその手口に出会ったとき、内容を検証する前に「あ、これは典型的なパターンだ」と直感的に気づけるようになります。

ケンブリッジ大学の研究チームが開発したオンラインゲームでは、プレイヤーはあえて偽ニュースの発信者になりきり、フォロワーを増やし社会を混乱させるミッションに挑みます。空手の突きをよけたいなら、まず自分で突き方を体で覚えるのが一番の近道だという発想です。実際にこのゲームを体験した人は、情報の真偽を見抜く精度が有意に高まったという研究結果も出ています。

騙されないための一番の近道が、自分から一度、嘘をつく側に立ってみることだった。これは私にとっても、なるほどと膝を打つ発見でした。

それでも、心に留めておきたいこと


ここまで読むと、プレバンキングは万能な処方箋に思えるかもしれません。ですが、公認心理師としてはっきりお伝えしておきたいことがあります。「これは操作の手口だ」と誰が、どんな基準で判定するのか。この線引きは、想像以上に曖昧です。

もし国や特定の事業者がその基準を自分たちの都合で決め、ある種の社会運動や政治的主張に対して先回りで「これは危険な扇動だ」とレッテルを貼るようになれば、それは市民の心を静かにコントロールする、高度な思想統制に姿を変えてしまいます。自分の考えが、いつのまにか誰かの都合のよい方向へ静かにチューニングされている。これは民主主義にとって、決して軽く扱ってよい話ではありません。

事実と意見は、いつも分けて考える必要があります。プレバンキングは強力な道具ですが、道具である以上、使い方を誤れば刃にもなる。この緊張関係を忘れずにいることも、心の防衛力の一部だと私は考えています。

日本に立つ私たちが、今日からできること


日本の現状にも触れておきます。「フェイクニュース」という言葉の認知度は9割を超えている一方で、「ファクトチェック」という言葉を知っている人は半数にも届いていません。アメリカや韓国がほぼ全国民に浸透しているのとくらべると、これはかなり出遅れた数字です。

さらに興味深いデータもあります。日本社会に根強い「デモ活動への抵抗感」が、海外の民主化運動を単なる迷惑行為だと感じさせ、結果として権威主義国家の主張と噛み合ってしまうことがあるという研究です。私たちは「論理的に正しいか」ではなく「自分の日常的な感覚に合うかどうか」で情報を受け入れてしまう。これは特別な誰かの弱さではなく、人間の脳が持つ、ごく普通のクセなのだと思います。

医療の現場に身を置いていると、健康情報にまつわる不確かな話に、ご本人やご家族が振り回されている場面に出会うことがあります。そのたびに感じるのは、「知らなかったこと」を責めても何も変わらないということです。大切なのは、次に同じような情報に出会ったときに、一呼吸おける仕組みを自分の中に持っておくこと。それだけです。

シェアボタンを押す前の、ほんの0.5秒の迷い。出所の違う情報源をもう一つだけ確認してみる、ラテラルリーディングと呼ばれる小さな習慣。これらは我慢や努力というより、自分の心を大切にする一つのチャレンジだと、私はとらえています。

まとめ


今日お話ししたことを、あらためて振り返ってみます。

一つ目、デマは訂正よりも先に広がるものだからこそ、事後対応には限界があるということ。

二つ目、フィンランドと台湾は、教育や市民の共同作業を通じて、あらかじめ心に免疫をつくる道を選んだということ。

三つ目、プレバンキングは情報の中身ではなく手口を学ぶ発想であり、時には騙す側の視点に立つことが一番の近道になるということ。

四つ目、その一方で「何が操作か」を誰が決めるのかという問いは、常に自分自身の頭で持ち続ける必要があるということ。

そして最後に、私たち一人ひとりの「一呼吸おく」という小さな習慣こそが、この情報の時代における最前線の防波堤になるということです。

あなたはもう、無防備な受け手ではありません。今日知ったことを、明日誰かとの会話でふと思い出すだけでいい。その積み重ねが、あなた自身の心を、そして大切な人の心を守る力になっていきます。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#認知戦 #ファクトチェック #情報リテラシー #心理的ワクチン #プレバンキング


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