WHOと14,245人規模の最新メタ分析が示す『ゲーム脳』の本当の姿
「うちの子、ゲームばかりしていて、そのうち脳がおかしくなってしまうんじゃないか」――そんな不安を、胸の奥でそっと抱えていらっしゃる方は、少なくないのではないでしょうか。
私は医療の現場で公認心理師として働くなかで、この「ゲーム脳」という言葉を、これまで何度も耳にしてきました。テレビや育児書、ときには学校の先生の口からも語られることがあり、不安になるのも無理はないと思います。
ただ、実はこの言葉、医学や神経科学の世界で正式に確立された診断名や概念ではありません。今日は、その根拠となった研究を私自身が一つひとつ丁寧に読み込み、検証した内容を、できるだけわかりやすくお伝えしていきたいと思います。
「ゲーム脳」という言葉が生まれた場所
「ゲーム脳」という言葉は、2002年にある研究者の著書のなかで初めて世に出ました。翌2003年には論文も発表され、前頭部の脳波、なかでもβ波と呼ばれる成分の状態によって、被験者を「正常脳型」「ゲーム脳型」といったいくつかのタイプに分類しています。そのなかには、「ゲーム脳型の人はキレやすい」「一部のタイプは認知症の患者さんに似た脳波を示す」といった、かなり踏み込んだ主張も含まれていました。
誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、この著書や論文そのものが架空のものというわけではありません。研究者は実在しますし、当時は大学に所属して研究を行っていました。ですから「デタラメな作り話」と切り捨ててしまうのは、少しフェアではないと私は感じています。
大切なのは、その論文が発表されたことと、そこで示された分類が医学的に確立した診断法として認められたことは、まったく別の話だという点です。この20年余りのあいだに、独立した研究者によって「ゲーム脳」という分類が再現され、診断基準として確立されたという事実は、私が調べた限り見当たりませんでした。
測定の中身を、少しだけ覗いてみる
ここから先は、専門的な内容になりますが、なるべく身近な言葉に置き換えてお伝えします。
この研究では、額のあたりに置いた2つの電極から出る電位の「差」を、たった1本の信号として記録していました。たとえるなら、日本全国の天気を知りたいときに、1本の温度計だけを使って「今日は全国的に暑い」と結論づけるようなものです。左右の脳がほぼ同じように働いていた場合、差を取る測定方法では、その活動がむしろ打ち消し合って小さく見えてしまうことがあります。ですから、数値が低く出たからといって、そのまま「脳が働いていない」とは言い切れないのです。
もう一つ気になる点があります。額のすぐそばにある電極は、まばたきや眼球の動き、顔の筋肉の緊張をとても拾いやすい場所です。ゲームをしているときと、じっと安静にしているときとでは、まばたきの回数や表情筋の使い方が違って当然です。そうした筋肉由来の電気信号が、脳から出たβ波と混ざってしまっていた可能性は、当時の記録を見る限り十分にあります。
そして三つ目、これが一番お伝えしたいことなのですが、脳はある作業に集中しているとき、かえって特定の脳波の力が下がることが知られています。これは「事象関連脱同期」と呼ばれる、ごくありふれた現象です。ゲームに集中して視覚や指先の情報処理をフル回転させているときにβ波が下がったとしても、それは「脳が壊れた」のではなく、むしろ「脳がきちんと働いて課題に集中している」サインである可能性すらあるのです。
こうして並べてみると、「β波が下がった」という一つの観察結果から、「前頭前野が働いていない」「認知症に似ている」「キレやすくなる」というところまで話を広げるのは、かなり大きな飛躍だったのではないかと、私は感じています。
最近の研究は、何を語っているのか
古い研究だけを見て判断するのはフェアではありませんので、比較的新しい研究にも目を向けてみましょう。
2026年に発表された、133本の研究、合計14,245人分のデータを統合したメタ分析では、ゲームをすることと、記憶力、空間を把握する力、視覚的な注意力、認知のコントロール力とのあいだに、小さいながらもプラスの関連が報告されています。「ゲームは一律に脳を悪くする」という見方とは、正反対の結果です。
もちろん、これは「ゲームをすればするほど賢くなる」という単純な話ではありません。効果は決して大きくはなく、ゲームの種類によっても結果は変わってきます。実際、日本で行われた脳の画像を使った研究でも、麻雀、レースゲーム、リズムゲームでは、前頭前野の働き方がそれぞれ異なることが示されています。「ゲーム」とひとくくりにして語ること自体、少し乱暴だったのかもしれません。
文部科学省の資料でも、人の行動を脳の一部分だけで単純に説明しようとする考え方を「神経神話」と呼び、注意を促しています。私たち医療者も、この言葉は常に心に留めておくべきだと感じています。
それでも、見過ごしてほしくないサインはあります
ここまで読んでくださった方のなかには、「じゃあゲームは何時間しても平気なの」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。そうではありません。
世界保健機関(WHO)が定めている「ゲーム障害」という診断は、脳波のタイプではなく、行動と生活への影響を中心に考えられています。自分の意志で切り上げることが難しいか、睡眠や食事、学業や仕事、人との関わりに深刻な支障が出ていないか、悪い影響が出てもやめられずに続けてしまっていないか。大切なのはこの3つです。
こうしたサインが長く続いているようであれば、それは「脳のタイプ」の問題ではなく、生活全体を見直すタイミングが来ているというサインだと、私は受け止めています。もし気になることがあれば、医療機関や専門家に相談することを、私はいつでもお勧めしたいと思います。
「禁止」ではなく「向き合い方」を考える
最後に、私からお伝えしたいのは、ゲームを頭ごなしに「禁止」するのではなく、その子にとってちょうどいい「向き合い方」を一緒に見つけていく、というスタンスです。
「がまんさせなきゃ」と身構えるよりも、「どうすれば心地よく付き合っていけるか、一緒にチャレンジしてみよう」と考えるほうが、親子の間にも、きっと穏やかな空気が流れるはずです。将棋や囲碁の世界でも、盤上で先を読む力や集中力は、長く価値のあるものとして受け止められてきました。ゲームという営みそのものを、頭ごなしに否定する必要はないと、私は考えています。
まとめ
・「ゲーム脳」は、2002年から2003年にかけて発表された研究をもとにした言葉ですが、医学的に確立された診断概念ではありません。
・当時の脳波測定には、左右差だけを見ていた点、まばたきや筋肉の電気信号が混ざっていた可能性、集中時に自然に起こる脱同期現象を見落としていた可能性など、いくつもの見直すべき点があります。
・133本・14,245人規模の最新のメタ分析では、ゲームと記憶力や注意力とのあいだに、小さいながらもプラスの関連が報告されています。
・本当に見るべきなのは脳波のタイプではなく、睡眠や生活、学業や仕事への影響、自分でやめられるかどうかという、WHOも重視している生活実態です。
・「禁止」ではなく「心地よい向き合い方を一緒に探す」という視点を持つだけで、親子の関係はきっと変わっていきます。
漠然とした不安に振り回されるのではなく、正しい情報をもとに、お子さんやご自身のゲームとの付き合い方を、ゆっくり見つめ直していただけたら嬉しいです。あなたはもう、十分に「ちゃんと考えられる」親御さんです。どうか自分を責めすぎず、これからの向き合い方を、一緒に育てていってください。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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