自然な日本語のニュースサイトが、実は他国発の工作サイトだった話
あなたが毎日なにげなく開いているニュースサイトの中に
あなたが毎日なにげなく開いているニュースサイトの中に、「地元の新聞のふりをした工作サイト」が紛れていたとしたら、どう感じるでしょうか。
実はいま、少なくとも123のサイトが30の国と地域で「地元メディア」を装いながら、ある国に都合のいい情報を静かに広めていることが、海外の研究機関の調査でわかっています。
フェイクニュースやデマというと、どこか遠い世界の話に聞こえるかもしれません。ですがその仕組みは、私たちが手にしているスマホの中に、すでにそっと入り込んでいます。
公認心理師として情報との向き合い方を考えてきた私が、今回の調査結果をもとに、だまされない心の持ち方についてお伝えします。
静かに広がっていた、123の「なりすましメディア」
きっかけは、2023年10月にイタリアの新聞が報じた、小さな違和感でした。実在しないはずの地元ニュースサイトが6つ見つかり、その裏側を調べていくと、思いのほか大きなネットワークの入り口だったのです。
トロント大学に拠点を置く研究機関シチズンラボが調査を進めたところ、同じ手口を使うサイトは、最終的に123にまで広がりました。対象となった国と地域はヨーロッパ、アジア、南米など30にのぼり、研究チームはこの一連の動きに「PAPERWALL」という名前をつけています。
これらのサイトには、ある共通点がありました。「ローマ」や「ミラノ」といった実在の地名に、いかにもそれらしい単語を組み合わせたドメイン名を使い、見た目も本物の地方紙のように整えられていたのです。実際に地元の新聞記事をそのまま転載していたケースまで確認されており、パッと見ただけでは、本物の地域メディアと見分けるのはほぼ不可能だったといいます。
私はこれを知ったとき、まるで本物そっくりの看板を掲げた店が、いつのまにか商店街に紛れ込んでいたような感覚を覚えました。看板だけを見て入った人は、それが偽物だとは夢にも思わないでしょう。情報の世界でも、同じことが静かに起きていたのです。
大量の「無害な情報」に紛れ込む、小さな棘
ここでひとつ、大切な視点をお伝えしたいと思います。このネットワークで発信されていた内容の大半は、実は企業の宣伝や暗号資産関連のプレスリリースなど、一見ごくありふれた情報でした。攻撃的な政治色の強い内容は、あくまで全体のごく一部だったのです。
けれどもその「ごく一部」の中には、特定の人物を名指しで非難する記事や、根拠のない陰謀論めいた内容が、ときおり静かに紛れ込んでいました。たとえば、新型コロナウイルスの起源をめぐる主張で知られる、ある研究者個人への誹謗中傷が、複数のサイトに同時掲載されていたことも確認されています。
さらに興味深いのは、こうした攻撃的な記事の多くが、しばらく経つと元の掲載元からひっそり削除されていた、という点です。証拠を残さないまま、メッセージだけを世の中に置いていく。まるで、波打ち際に文字を書いて、満ちてくる潮にそっと消させるようなやり方です。
心理学の世界には「真実の錯覚効果:イリュージョナリー・トゥルース効果」という考え方があります。同じ情報に何度も触れるほど、人はそれを「本当らしい」と感じやすくなる、という現象です。123ものサイトが似た内容を同時に発信していたということは、たとえ一つひとつのサイトへのアクセス数がわずかであっても、目にした人の心の中では「あちこちで見かける話だから、きっと本当なのだろう」という感覚が、静かに積み重なっていた可能性があるのです。
だまされやすいのは、あなたが弱いからではありません
ここまで読んで、「自分もこういう情報に引っかかっているかもしれない」と、少し不安になった方もいるかもしれません。ですが、はっきりお伝えしておきたいことがあります。こうした手口に気づきにくいのは、あなたの判断力が弱いからでは決してありません。
人は誰しも、繰り返し目にする情報や、権威ありげな体裁を整えた情報を、つい信じやすくなるようにできています。それは弱さではなく、限られた時間の中で効率よく判断しようとする、人間の心の自然なはたらきです。むしろその仕組みを知っているかどうかが、これからの分かれ道になると、私は考えています。
臨床の現場でも、真偽の入り混じった情報に振り回され、不安や人間不信を強めてしまう方にお会いすることは少なくありません。そのたびに私が感じるのは、必要なのは「もっと疑い深くなること」ではなく、「立ち止まる練習をすること」だということです。
今日からできる、3つの立ち止まり方
最後に、専門知識がなくてもできる、情報との向き合い方を3つご紹介します。
ひとつ目は、「誰が、何のために書いたか」を確かめる習慣です。運営者情報や執筆者名がはっきりしない記事、やけに感情を煽る見出しの記事に出会ったときこそ、いったん指を止めてみてください。今回ご紹介したネットワークも、記事の書き手が実在の人物かどうかを確認できないケースがほとんどでした。
ふたつ目は、「同じ話が、複数の独立したメディアで報じられているか」を見る習慣です。ひとつの情報源だけで判断せず、性質の異なる複数の場所で裏がとれているかどうかを、意識してみましょう。
みっつ目は、「強い言葉に出会ったときほど、時間を置く」習慣です。怒りや不安を強くかき立てる情報ほど、つい反射的にシェアしたくなるものですが、そこに一呼吸置くだけで、拡散に加担してしまうリスクはぐっと下がります。
一流のアスリートが日々の小さな準備を積み重ねて大きな結果にたどり着くように、情報との向き合い方もまた、地道な積み重ねがものを言います。派手な対策よりも、日々のささやかな「立ち止まる習慣」の積み重ねが、あなたの心を静かに守ってくれます。
おわりに
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。
まず、地元メディアを装った情報操作のネットワークが、実際に世界規模で確認されていること。次に、そうした情報は攻撃的な内容だけでなく、大量の無害な情報に紛れ込む形で広がっていくこと。そして、それに気づきにくいのは、あなたが弱いからではなく、人間の心の自然な性質によるものだということです。
情報の海の中で、すべてを疑いながら生きるのは疲れてしまいます。それでも、ほんの少し立ち止まる習慣を持つだけで、あなたは自分の心を、そして大切な人たちの心を、静かに守ることができます。
あなたにはその力が、もうすでに備わっています。今日からひとつずつ、できることを積み重ねていきましょう。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
参考文献
Alberto Fittarelli, "PAPERWALL: Chinese Websites Posing as Local News Outlets Target Global Audiences with Pro-Beijing Content," Citizen Lab Report No. 174, University of Toronto, February 7, 2024. https://citizenlab.ca/research/paperwall-chinese-websites-posing-as-local-news-outlets-with-pro-beijing-content/
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