知らないままだと家族を守れない、公認心理師が語るAIフェイク時代の情報術
「まさか、自分の家族が持ってるあの声や、あの顔が、そっくりそのまま偽物として作られてしまう時代が来るなんて」——そんな風に感じたことはありませんか。
先日、ある高校で行われたメディアリテラシーの授業記録を読む機会がありました。テーマは、災害時に広がる嘘の情報と、AIが作り出す"限りなく本物に近い偽物"について。読み進めるほど、これは他人事ではないと感じました。
公認心理師として、そして医療の現場に身を置く者として、私はこの話を、単なる技術の話ではなく「人の心がどう動かされるか」という視点から皆さんにお伝えしたいと思います。
悪意だけが理由じゃない、拡散という行動の裏側
2024年1月1日、能登半島地震が発生した直後のことです。SNSに「倒壊した家に家族が挟まれました。助けてください」という投稿が拡散されました。震度7という現実の中で、多くの人がこれを信じ、拡散し、実際に自治体や警察にまで連絡が入りました。救助隊は本当に出動しました。けれど、その住所には、助けを求めていたはずの人はいませんでした。建物すらない空き地だったそうです。
投稿していたのは、被災地とは無関係の、埼玉県に住む20代の男性でした。逮捕後の供述によると、彼の動機は「注目されたかった」「反応が欲しかった」というものだったといいます。今の時代、注目はそのままお金に変わることがあります。だからこそ、彼は地図アプリで実在する住所を調べ、同じような投稿を何度も繰り返していたそうです。
私はここに、人の心の弱さというより、仕組みの怖さを感じます。人は本来、困っている人を放っておけない生き物です。その優しさや正義感を、逆手に取られてしまう。悪いのは間違いなく投稿した本人ですが、それを見て「拡散しなきゃ」と即座に動いてしまう私たちの心の動きも、実はこの構造の一部になっているのです。
一枚の写真、一つの動画が、命を左右する
この授業を担当していた記者の方は、実際に被災地を取材する中で、こんな光景を目にしたそうです。1月3日の午後、倒壊した木造住宅の前で、80代の男性が立ち尽くしていました。奥様が1階部分に取り残されたまま、丸2日が経っても救助が来ていなかったというのです。
先ほどの嘘の投稿には、救助隊が本当に向かっていました。その裏側で、本当に助けを必要としていた場所には、救助の手が回っていなかった。情報通信研究機構の調査によると、地震発生から24時間以内だけでも1000件以上の救助要請の投稿があり、そのうち1割にあたる100件以上が嘘だったと推定されています。
善意で拡散したはずの情報が、10件に1件は嘘だったかもしれない。この数字を、私はただの統計として読むことができませんでした。情報を「信じる」という、ごく自然な行為の先に、誰かの命が関わっているという事実を、忘れてはいけないと思うのです。
余談ですが、この記者ご自身も、被災地からの中継映像を切り取られ、「泣きながら故郷を伝えている」という架空のストーリーとともにSNSで拡散され、20万回以上再生されたという経験をお持ちだそうです。実際には、ただ寒さで表情が強張っていただけだったといいます。事実がどうであれ、感動的な物語として編集し直せば、それらしく見えてしまう。この一件は、フェイク情報が悪意だけでなく「面白がる心」からも生まれることを教えてくれます。
AIが生み出す、限りなく本物に近い偽物
もうひとつ、この授業で語られていたのが、AI技術そのものの進化です。人工知能という言葉自体は1956年に生まれ、2006年ごろの深層学習(ディープラーニング)の登場を境に、大きく姿を変えました。いま私たちが使っているチャットAIの多くも、この技術の延長線上にあります。
この技術の応用として、本物に限りなく近い偽物を作る「メディアクローン」と呼ばれる分野があります。2015年の時点で、すでに当時の首相の声を再現した音声が作られていたそうです。今から10年前、まだ「オレオレ詐欺」が社会問題になっていた頃に、この研究は始まったといいます。
その後、人の声はどちらが本物か機械かを、耳の肥えた人でも5割程度しか聞き分けられないレベルにまで到達しました。5割というのは、サイコロを振っているのと同じ確率です。画像についても同様で、実在しない人物の顔を、専門家でさえ瞬時には見抜けないケースが出てきています。
2018年ごろには、ある国の指導者が実際には言っていない発言をしているかのような映像(いわゆるディープフェイク)が世界中で話題になりました。今ではテキストを打ち込むだけで、画像や映像そのものを一から生成できる時代です。2016年の熊本地震の際に拡散した「動物園からライオンが逃げた」という画像は、実は海外の別の写真の使い回しでした。2022年の水害の際に拡散した画像に至っては、生成AIによってゼロから作られたものだったそうです。
技術としては大変な進歩です。けれど同時に、悪用されたときの怖さも、比例して大きくなっている。これが今、私たちが生きている社会の現実だと感じます。
見分けるための4つの視点
授業の中では、フェイク情報を見極めるための視点として、次の4つが紹介されていました。
一つ目は、発信者です。その情報を出している人は、本当に実在する人物で、その話題に詳しい人なのか。目的は何なのか、注目を集めたいだけではないか、という視点です。
二つ目は、情報の中身です。その画像や映像は最新のものか、過去の別の出来事の使い回しではないか、不自然な部分はないか。
三つ目は、伝えているメディアの特性です。テレビは速報性がある一方で振り返りにくく、新聞は情報が古くなりやすく、SNSは誰でも発信できる分、確認のプロセスを経ていない場合が多いという特性があります。
四つ目は、自分自身の受け取り方です。「これは絶対にこうだ」という思い込みで判断していないか。そして、世の中には白か黒かをはっきり決めつけられない情報がたくさんあるという事実を、心のどこかに置いておくことです。
技術より大切なのは、心の習慣
見破るための技術も研究も、確かに大切です。けれど授業の最後で語られていたのは、もっとシンプルなことでした。「一呼吸置く」という習慣です。
これは、私が普段お伝えしているアンガーコントロールの考え方と、驚くほど重なります。カッとなったときにすぐ言葉にせず、一度立ち止まる。それと同じように、衝撃的な情報を目にしたときほど、すぐに拡散のボタンを押す前に、一呼吸だけ置いてみる。たったそれだけのことで、間違った情報が広がる速さは、大きく変わります。
もう一つ気をつけたいのが、エコーチェンバーと呼ばれる現象です。SNSでは、自分と似た興味や意見を持つ人の情報ばかりが集まりやすく、同じ考えが増幅されていきます。気づかないうちに、視野が狭くなっていくのです。だからこそ、時々は意識して違う立場の情報にも目を向けてみることをおすすめします。
そしてもう一つ、私が皆さんにお願いしたいのは、ご自身のご家族、特にインターネットに詳しくないご両親や祖父母世代との会話です。詐欺の電話も、フェイク情報も、狙われやすいのはいつも、情報の見極め方を学ぶ機会が少なかった世代です。難しい専門用語を使わずとも、「まずは一呼吸置いてみて」という一言を、ぜひ伝えてあげてください。
おわりに
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。フェイク情報は悪意だけでなく、注目されたい・面白がりたいという、誰の心にもある欲求から生まれること。生成AIの進化によって、本物と偽物の境目が、専門家でも見抜けないレベルまで近づいていること。それでも私たちにできるのは、発信者・中身・メディア・自分の受け取り方という4つの視点を持つこと。そして何より、衝撃的な情報ほど、一呼吸置いてから行動するという、とてもシンプルな習慣を持つことです。
技術がどれだけ進化しても、最後にボタンを押すかどうかを決めるのは、私たちの心です。だからこそ、その心の使い方を、少しずつで構わないので、一緒に整えていきませんか。あなたが今日、ここで一呼吸置くことを覚えたなら、それはきっと、あなたの大切な人を守る力にもなるはずです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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