グラフにもう騙されなくなる、公認心理師が教える3つの見抜き方
「乳がんが年々急増している」——そんなグラフをSNSで見かけて、静かに不安になったことはありませんか。
先日、私自身もあるグラフを目にして、思わず二度見してしまいました。棒の高さだけを見ると、まるで乳がんが爆発的に増えているように見えたからです。
けれど、数字と心の動きを仕事で見つめてきた立場から言うと、あのグラフには「見た人の不安を静かに煽る仕掛け」がいくつも隠れていました。今日は、その仕掛けを一緒にひもといていきたいと思います。
なぜ、あのグラフに私たちは騙されてしまうのか
心理学には、人の思考を二つに分けて考える有名な枠組みがあります。瞬時に、直感で判断してしまう思考と、時間をかけて論理的に検証する思考です。
グラフを一目見たとき、私たちはほとんど無意識のうちに、前者の直感的な思考だけで「棒の長さ=量の大きさ」だと受け取ってしまいます。これは決して、あなたの読解力が低いからではありません。人間の脳が、そういう仕組みでできているからです。
だからこそ、悪意のある、あるいは配慮に欠けたグラフは、この脳の癖をそのまま利用してきます。私が見かけた乳がんのグラフも、まさにこの仕組みにそっと乗っかったものでした。
そこで気づいたことを、大きく3つの罠に整理してみたいと思います。
ひとつ目の罠、目に飛び込む「形」のトリック
まず驚いたのは、縦軸が0からではなく、9万人あたりから始まっていたことです。
たとえば体重が60キロから61キロに増えたとき、体重計の目盛りを59キロから61キロまでしか表示しない設定にしたらどうなるでしょうか。たった1キロの変化が、グラフ上では目盛りいっぱいの大きな変化に見えてしまいます。
あのグラフもこれと同じで、実際には1割ほどの緩やかな増加にすぎない数字が、縦軸を切り詰めることで数倍もの急増のように見えていました。しかも、細かな推移の変化を伝えたいのであれば、本来は折れ線グラフのほうが適しています。それをあえて棒グラフで描いていたことにも、私は違和感を覚えました。棒の面積という、いちばん直感に訴える形を選んでいるように感じられたからです。

ふたつ目の罠、言葉の定義をそっと入れ替える
次に目を疑ったのは、数字そのものの扱われ方でした。
ある年の全国がん登録の確定値は9万7千人台だったはずなのに、グラフ上では9万5千人と表示されていました。四捨五入の範囲を超えた、不自然な丸め方です。まるで、右肩上がりの物語をなめらかに描くために、数字のほうを物語に合わせてしまったかのように見えました。
さらに、直近2年分の数字は本来「予測値」であるにもかかわらず、それ以前の実測値とまったく同じ色・同じ太さの棒で並べられていました。過去の事実と、未来の推計という性質のまったく異なる数字を、見分けがつかない形で連続させてしまっていたのです。
加えて、タイトルには「新規患者数」とありましたが、実際に使われていたのは「罹患数」というまったく別の指標でした。一人の方に左右それぞれがんが見つかれば、患者数は1人でも罹患数は2例と数えます。専門用語の細かな違いのようですが、この混同は数字の信頼性そのものを揺るがしてしまいます。そして、この数字には男性の乳がんも合算されていたにもかかわらず、その注記はどこにもありませんでした。
みっつ目の罠、いちばん大切な「背景」を消してしまう
そして私がもっとも気になったのは、罹患数という数字の裏にある「背景」が、すっぽりと抜け落ちていたことです。
日本は今、急速に高齢化が進んでいます。がんは加齢とともにリスクが高まる病気ですから、たとえ一人ひとりのなりやすさが変わっていなくても、高齢の方の人口が増えれば、社会全体の罹患数はそれだけで増えていきます。分母である人口構成を無視して、分子である人数だけを見せられると、まるで「乳がんになりやすい社会になった」かのように錯覚してしまうのです。
もうひとつの背景は、あの時期に多くの方が経験した受診控えです。ある年に数字が落ち込み、翌年に跳ね上がっていましたが、これはがんそのものが増減したというより、健診や受診を控えたことで診断が遅れ、翌年にまとめて見つかったと考えるほうが自然です。この社会的な文脈が注記されないまま数字だけが並ぶと、私たちは本来の因果関係とは違うものを読み取ってしまいます。

では、私たちはどう向き合えばいいのか
ここまで読んで、「じゃあ、もう何も信じられない」と感じてしまった方もいるかもしれません。でも、私が伝えたいのはその逆です。
グラフに騙されやすいのは、あなたが弱いからでも、勉強不足だからでもありません。人間の脳がそもそもそういうふうにできているだけの話です。だからこそ、仕組みを知ってしまえば、誰でも今日から見抜けるようになります。
私が臨床の現場で人の心の動きを見てきた実感としても、不安というのは「わからないこと」に対してもっとも大きくふくらみます。逆に言えば、「なぜ自分は不安になったのか」その仕組みが見えた瞬間に、心はすっと落ち着きを取り戻すものです。今日お伝えした3つの視点、形のトリック、言葉のすり替え、背景の欠落を知っているだけで、次にグラフを目にしたときのあなたの見え方は、きっと変わっているはずです。
まとめ
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。
グラフというのは、見せ方ひとつで同じ事実をまったく違う印象に変えてしまう、とても強い力を持った道具です。縦軸の切り取り方、言葉の定義のすり替え、そして背景の欠落。この3つに気をつけて数字を見るだけで、不安を煽る情報にふりまわされにくくなります。
そしてもうひとつ、大切に持ち帰っていただきたいのは、こうした情報を見て不安になったこと自体は、まったく恥ずかしいことではないということです。それだけ、あなたが自分や大切な人の健康を真剣に考えている証拠なのですから。
これからも、数字の向こう側にある事実を、一緒に丁寧に見つめていけたらと思います。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
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