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ショートショート|こつん、こつん

ノックの音がした。

エス氏は思わず手を止めた。この時代、ドアを叩くものなど存在しない。宅配機は到着の三十秒前に通知を送ってくるし、人工頭脳付きの玄関ドアは来客の顔を照合してから鈴を鳴らす。すべての訪問は、届く前に知ることができる。

ノックだけが、予告なしに鳴る音だった。もっとも、それは何十年も前に絶えた音のはずである。

恐る恐るドアを開けると、廊下に彼の家の配達ロボットが居た。箱を片方のアームで器用に抱えたまま、もう片方のアームを軽く畳んで、こつん、こつん、とドアを叩いている。

「おまえ……通知はどうした」

調べてみると、通信の部品が壊れていた。当然、着荷通知が送れない。呼び鈴との接続も切れている。それでもこのロボットの基本方針は「在宅者になんとしてでも到着を知らせること」であり、手持ちの手段を上から順に失った結果、最後に残ったのが、アームで扉をノックするという原始的な動作だったらしい。

エス氏は修理センターに連絡しかけて、やめた。

次の日も、その次の日も、荷物はノックとともに届いた。こつん、こつん。二回叩いて、少し待ち、もう二回。誰に教わったのかは分からないが、妙に遠慮がちな叩き方である。予告のない音に、エス氏は毎回少しだけ驚き、驚いた分だけ、なぜか荷物が嬉しかった。

考えてみれば、通知で受け取っていた頃の荷物は、送るという手続きの、ただの結果だった。ノックで受け取る荷物は、贈り物となった。中身は同じ通販の箱だ。違うのは、扉一枚の向こうに、渡す相手のことを考えて立っている者がいる、ということだけだった。プレゼントは、来ると分かった時点で半分ひらいている。通知は親切の顔をして、驚きだけを先に配達していたのだ。

すこし寒くなりだした頃、修理センターから点検の案内が届く。通信部品の無償交換に伺います、という。エス氏は返信欄にこう書いた。


「現状で正常に動作しています。修理の必要はありません」


送信して、彼は少し考え、一行だけ書き足した。


「この個体の配達方式を、標準にすることを提案します」

センターからの返事は、なかった。ただ、その年の暮れ、街に樅の木の灯る夜、あちこちの玄関で、こつん、こつん、という音が鳴ったという。その夜の荷物を、通知で受け取った家は一軒もなかったそうだ。

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