ショートショート|満員電車で毎朝押していた。モバイル北海道を、
モバイル北海道を買ったのは、通勤のためだった。
北海道から広さだけを抜き出して、手のひらに収めた機械である。起動すると、両手をひろげて回転してよろめいてもぶつからないくらいの範囲が、北海道の人口密度になる。つまり、誰もいない。
満員電車で押した。
音もなく、まわりが空いた。
肩も、鞄も、知らない人の呼吸も、すべて遠のいた。窓の外に地平線が見えた気がしたが、あれが本当に地平線だったのかは分からない。以来、私は毎朝そこへ避難している。会議の前にも押す。上司の隣でも押す。
昨日の朝、電池が切れた。
戻ってきたのは、押し合う肩と、背中と、湿った空気である。うんざりして目を上げると、向かいの女性が眠っていた。隣の男は文庫本の同じ行を三度読んでいる。誰かの鞄の角が、私の腿を押していた。
つまり、この人たちは、ずっとここにいたのだ。
北海道は広いのではない。あそこには本当に誰もいないのだ。私は毎朝、広さを買っていたのではなくて、人を消していた。
充電はした。けど、もう使ってはいない。
はじめて来た方は、一本目にこのnoteを始めるに至った経緯が書いてある。

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