【前編】スポーツをしているといい性格になる?社会に出て気づいた“プライド”の落とし穴
「スポーツをしてる人って、社会人になってから重宝されやすい」
たぶん、こういうイメージってありますよね。
コミュニケーション能力が高そうとか、緊張に強そうとか。
場数を踏んでる分、初対面でも物怖じしない…みたいな。
実際、それは一理あると思います。
でも、社会人になってみて感じたのは、スポーツ経験が“強み”になる一方で、めちゃくちゃ苦労する落とし穴もあるってことでした。
私の場合、その落とし穴のど真ん中にいたと思います。
一言でいうと、尖ってた。
もっと具体的に言うと、プライドが高すぎて
• 人に指示されるのが嫌
• 否定されるのが嫌
• アドバイスされても素直に受け取れない
…みたいな状態。
スポーツの世界である程度結果を出してきた人ほど、こうなりやすい気がします。
「自分のやり方が正しい」って信じてきた時間が長い分、知らないうちに天狗になる。
そして、そのまま社会に出る。
でも、社会人の世界って、スポーツの世界とはルールが違うんですよね。
社会人になって一番苦労したのは「ルール」だった
社会人になって、いちばん苦労したというか。
今でも正直
「ちゃんとできてたらもっと早くキャリアアップできてたな」
って後悔してるのが、ルールの部分でした。
会社って、当たり前なんですけど、
ルールがあって、マナーがあって、理念があって。
そこに沿って動くことが求められる場面が一気に増えます。
でも当時の私は、それが苦手でした。
スポーツの世界では、
「自分が正しいと思ったこと」を貫いて、結果につなげてきた。
だから、社会人になっても同じ感覚で動いてしまったんですよね。
自分の中では正しい。
むしろ、良かれと思ってる。
早く結果を出したいし、成果にもつなげたい。
でも、会社の中でそれをやると、
• 会社が目指している方向とズレてしまったり
• 理念から少し外れてしまったり
• 決められたルールを守れていなかったり
…そういうことが起きる。
そして、そのズレって、わりとシンプルに評価に直結します。
基盤であるここが出来ていないと、どれだけ数字をあげても、仕事をこなしても評価に繋がらない。
今までは「正しさ=結果」だったのに、
社会人になると「正しさ=組織のルールに沿っていること」も含まれてくる。
この切り替えができなくて、
「なんでこれがダメなんだろう」って思いながら、
気づけば自分の中の正しさが、ちょっとずつズレていってた感覚がありました。

もちろん、スポーツで育った“強さ”もある
もちろん、スポーツで育った“強さ”も、間違いなくあります。
むしろ、そこに助けられた場面の方が多いかもしれません。
例えば対人関係。
私はキャプテンなどを経験してきた中で、「人の上に立つ」ことの難しさと大切さを、良くも悪くも体で学びました。
誰かをまとめるって、ただ声が大きいとか、引っ張ればいいだけじゃない。
空気を読んだり、気持ちを拾ったり、時には嫌われ役を引き受けたり。
そういう経験があったから、社会人になってからも「人と関わること」に対して、必要以上に怖がらずにいられた気がします。
それから、主体性。
スポーツって、言われたことをこなすだけじゃ上手くならないんですよね。
自分で考えて、試して、修正して。
その繰り返しの中で、自然と「主体的に考える力」が鍛えられたと思っています。
現場に立つと、予定通りにいかないことが普通に起きる。
そんなときに、臨機応変に対応できることは、能力として自信になりました。
あと、緊張に強い。
これは分かりやすい強みかもしれません。
人前に立つ場面とか、空気が張り詰めるような場面でも、
“震えながらでも前に出る”経験を積んできた分、堂々とした姿勢で臨める。
特に「現場で動く人」にとっては、これはかなり大きいと思います。
ただ、スポーツは“尖り”も育てる
ただ、スポーツをやっていると、どうしても“尖ってしまう”瞬間って出てきます。
自分が正しいと思ったことを貫いてきた。
勝負の世界で生きてきた。
そもそも、プライドが強くないと戦えない。
これは、競技を本気でやってきた人ほど分かる感覚だと思います。
もちろん素直さは大事。
でもスポーツの世界では、正直「ちょっと尖ってそうだな」って人が、ここぞの場面で強かったりもする。
負けたくない気持ちが強い。譲れない。引かない。
そういう“尖り”が、結果に繋がる場面も、実際よく見ます。
ただ、それはあくまで「スポーツの中で強い」という話であって。
社会に出ると、その尖りはほとんどの場合
必要なスキルじゃなくなります。
むしろ、組織で動く社会では
• ルールに沿って動く
• チームの方向性に合わせる
• 人の意見を受け取って修正する
みたいな部分が評価に直結する。
だから「スポーツで勝つための尖り」が、そのまま社会では“扱いづらさ”になってしまう。
ここにギャップが生まれるんですよね。
前編のまとめ
スポーツは、確かに社会で役に立つ強さを育ててくれます。
でも同時に、勝つために必要だった“尖り”が、そのまま残ってしまうこともある。
ここまで書いてきて思うのは、
スポーツが性格を良くするかどうかは、スポーツそのものより“環境”に左右されるということです。
じゃあその環境を作るのは誰なのか。
次の後編では、指導者・保護者ができることを、できるだけ具体的に書いていきます。
いいなと思ったら応援しよう!
いいねと思ってくださったらぜひ応援お願いします!
いただいたチップでまた新たな旅に出たり、美味しいものを食べるために使わせていただきます!