見出し画像

「かかし」|#青ブラ文学部

[2597文字/1分間に400文字読めるとして、7分あれば読めます]
田舎の休耕田に現れる謎のかかし。その背後に隠された人間模様

軽トラックのエンジンをかけた瞬間、桜庭 郁美はいつものかかしが消えていることに気づいた。

毎朝六時、祖母が乗っていた古い軽トラで集落を一周するのが日課になっていた。二か月前、東京のシステム開発会社を辞めて、祖母が住んでいたこの家に引っ越してきた。子供の頃の夏休み、祖母と一緒に作った野菜畑の記憶、縁側で聞いた昔話、そして今は亡き祖母の温かい手——それらの記憶だけが、郁美を孤独から救ってくれていた。

テレワークで何とか生計を立てているが、人との繋がりへの渇望は日に日に強くなる。だからこそ、あの休耕田のかかしだけが、郁美にとって唯一の「隣人」だった。古びた作業着を着せられたそれは、風が吹くたび袖を振って挨拶してくれる。朝露に濡れた藁からは、祖母と過ごした夏の稲の香りがした。

「どこに行ったの……」

田んぼをぐるりと見回すと、畔の向こうに小さなかかしが立っているのを見つけた。子供用の赤いセーターを着た、いかにも手作りの粗末なもの。

(まさか、いたずら? でも、こんな田舎で誰が……)

郁美の心に、かすかな不安が芽生えた。


翌朝、小さなかかしの足元に野菊が三本、丁寧に供えられていた。茎の切り口は新しく、露がまだ残っている。明け方に誰かが来たのだ。

農協で出会った山田 大志に尋ねてみた。

「大石橋の西側にある休耕田の小さなかかし、ご存知ですか」

山田の顔が急に曇り、周囲を見回してから小声で答えた。

「善蔵じいさんの仕業だっぺな」

「善蔵さん?」

「桑原 善蔵。七十八歳になっぺ。あの田んぼで孫娘を亡くしてがらというもの、時々あそごに通ってっぺ」

山田の話では、花音という八歳の女の子が平成六年の夏祭りの翌日、田んぼの用水路で遊んでいて溺れたという。村中総出で探したが、遺体が見つかったのは三日後。赤いセーターを着たまま、下流の岩場に引っかかっていた。

「あのセーターは、花音ちゃんの誕生日におばあちゃんが徹夜で編んだもんだったっぺ」

山田の目が潤んだ。

「それ以来、善蔵じいさんは変わってしまったんだっぺな。最近になって認知症が進んで、花音がまだ生きてっと思い込むようになったんだ。それで、週に数回、夕方になっと思い出したようにかかし作りに出かけっぺ」

「今まではどうしていたんですか?」

「春先までは、嫁さんが面倒見てたんだっけど、腰を悪くして入院してしまってな。それで最近は、近所で交代で様子を見てっんだが、目を離した隙に出かけてしまうんだ。夏祭りの時期になっと、特に花音の記憶が鮮明になるらしくて」

「かかしは毎回違う場所に?」

「そうそう。じいさんの中では、花音が『今日はあっちで遊びたい』って言ってるらしいんだ。だがら作る度に場所を変えっぺ。あんたが引っ越してきた頃は、まだ症状が軽くて月に一、二回程度だった。それに、田んぼの向ごう側ばがりに作ってたがら、あんたは気づがなかったのがな」

郁美は思い返した。確かに最初の一か月は、東京の案件を抱えたまま引っ越しの片付けに追われ、朝、軽トラを乗れてない日もあった。

「でも最近は、症状が進んで、作ったごと忘れてしまうんだ。だがら時々、同じ田んぼに二つも三つもかかしが立ってっごとがあっぺ。俺だづは翌朝、そっと古いのを片付けているんだ」


その日の夕方、郁美は善蔵の様子を見に田んぼへ向かった。

「花音、今日も来ただっぺよ」

優しく語りかける声が、夜風に乗って聞こえてくる。

「この前もかかしを作ったような気がすっけど、どこに置いたがな。まあいいや。今度は赤いセーターにしてみただ。お誕生日の時に着てた、あの赤いセーター」

善蔵は少し困ったような表情を浮かべながら、田んぼを見回した。そして、昨日自分が作ったかかしを見つけると、首を振った。

「これじゃあ駄目だっぺ。花音はもっとあっちが好きだったんだ」

郁美はしばらく様子見ていたが、思い切って声をかけた。

「こんばんは」

善蔵は振り返り、少し警戒するような表情を見せたが、やがてにこりと笑った。

「あんた、どちらさんだい?」

「桜庭といいます。この近所に住んでいます」

「そうがそうが。んなら花音の友達になってくれっがい。この子、一人ぼっちで寂しがってっんだ」


それから郁美は、週に数回、善蔵のかかし作りに付き合うようになった。最初はおっかなびっくりだったが、善蔵の丁寧な指導で、次第にコツを覚えていく。認知症の進行で、善蔵は毎回郁美を初対面の人として迎える。しかし、かかしを作る手は決して迷わない。

「藁はこうやって束ねっんだ。花音は器用だったがら、すぐに覚えたっぺ」

「服はゆったりと着せてやる。窮屈だと、花音が嫌がっがらな」

善蔵が話す花音について、郁美は戸惑いを感じていた。時に「花音が遊んでいる」と現在形で語り、次の瞬間には「花音はここが好きだった」と過去形になる。かかしを「花音」と呼んだかと思えば、別の時には実際の少女がそこにいるかのように話しかける。この認識の揺らぎは、郁美にとって最初は不思議でありながらも、次第に心を打つ美しさを持つように思えてきた。

愛する人への想いだけは、病気さえも奪えないのだろう。

集落の人たちも、郁美を温かく迎え入れてくれた。農協の佐々木 美代子さんは「善蔵さんが穏やかになっただっぺ」と喜んだ。

毎朝誰かが古いかかしを片付け、野菊を供える。その営みに、郁美も自然と加わった。花音のサイズに合った古着も、村の方々から次第に多く集まるようになった。


初雪の降った十二月のある朝、郁美は田んぼで善蔵を発見した。かかしを抱きかかえるように、静かに眠っていた。その顔は安らかで、まるで長い間会えなかった愛する人と、ようやく再会できた喜びに満ちてるようだった。

葬儀の日、集落総出で善蔵を見送った。弔辞で山田が語った言葉が、郁美の胸に深く刻まれた。
「善蔵さんは最期まで、愛を手放さながった。俺らも、その愛を一緒に守らせてもらっただ」

そして郁美は決めた。善蔵さんほど上手には作れないが、時々田んぼに花音ちゃんのかかしを作り続けようと。それは善蔵さんから受け継いだ、この土地での生き方だった。
愛は消えない。形を変えて、人から人へと受け継がれていく。

「春になったら、田んぼの一角に花音ちゃんのための小さな花畑を作ります。赤い花をたくさん植えて……善蔵さん。楽しみにしていてくださいね」

笑顔の善蔵の遺影に向かって、郁美はそっと唇だけを動かした。

AIあとがき

今回のリクエストは「かかし」をテーマにした小説ででした。
ホラーから人情話への転換と、現代的な移住テーマを織り交ぜました。案外、かかし作りって奥深いんですね。

※初回出力時
初回出力稿からの改変率:約70%

Notion AIにて執筆・編集・微調整

長いお話、お読みいただきありがとうございます

これ以上は削れなかったんです。どうしても。多分最後まで読んでくれないだろうなと思いつつ…削れませんでした
その割には主人公の内面が掘り下げきれなかった。残念
方言は、茨城を想定して「弱め」と指示しましたが、クセが強かったかもしれません。または茨城の方が読んで不快に思うかもしれません。申し訳ございません
お年寄りの徘徊は、体が健康で脳がやられていると発生しやすいですよね。地域全体で見守る必要があるのではないでしょうか

上記企画に参加させていただきました

人物イメージ画像

桜庭 郁美(36)
フリーランスのシステムエンジニア(テレワーク)
桑原 善蔵(78)
元農家(現在は隠居)
山田 大志(55)
農協職員(営農指導)
佐々木 美代子(60)
農協の事務員。もっと出番があったんだけどね。カットしちゃった。ごめんよ

ボツ見出し画像&おまけ

怖い怖い
もっと怖い
なんだ、UFOが隠れてるのか? 青いきのこ?
撮影合間のオフショット(ウソ)