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渡韓18日:random thoughts

・twosomeに行くなら、多くの場合Wifiはレシートに書いてあるから、レシートを必ずもらうようにしよう。

・なんか韓国人って、日本に長く住みすぎた私からするとちょっとオーバーに感じるときがあると実感。カフェで隣のは英語小説を音読していたし、もう片方が靴を脱いて(靴下も履いてなく)貧乏ゆすりをしていた。もう一軒のカフェでは、子供に動画を見せるのではなく、結構な音量で見ていた。その後ろに座っていたお兄さんは10分後に退店。

・なんか、ルールって別に悪くない時もある。「やりすぎてしまう」防止にいいし、多分人類の強さであるリハーサルのリハーサルの根源的裂傷に対してある意味、対処するために?なんか滅亡しないように?行動できるように?人間が考え出した方法であるという事実を認めないといけない。問題は、ルールを決めることとルールそのものではなく、ルールを永遠に絶対だと思考の重要性と柔軟性を忘れてしまうこと。

人に自己紹介する機会が多いと、最近は「言語幾つできるの?」と聞かれることがとても多い。ほぼいつも台湾語と中国語の違いの説明を一旦挟むけれど、私は一応「自分は台湾語ができる」としてカウントしている。「だけど本当に喋れるかどうか微妙だけどね」といつも一言付け加える。それで思い出したが、小学生までの義務教育に台湾語があったけれど、いつもそれを半分言い訳にして、おばあちゃんとの話題として使えると思って、わざとおばあちゃんのところに行って「教えて!練習付き合って!」と言ってたことを思い出す。なんでそうしていたのかの動機をあまり覚えていないけれど、おばあちゃんはツンデレだから喜びを示さないけど、いつも超熱心に教えてくれてたから、多分嬉しかったのかな。

それでも、「あいひは本当に台湾語できないよね」とよく家族内で笑われていたことを思い出す。多分世代的なあれで、「この時代の子はできないもんな〜」みたいなやつだと思うけれど(言ってくる対象は父、母そして祖母)、私もそれのせいか、他人に対して小さい頃から「私台湾語喋れるよ」と普通に胸張って言ったこと一度もないかもと気づいた。なんか、「できないよ〜〜」と他人に言えばいうほど本当にそうなりやすいのを、最近よく意識して生きているからか、「もしかして、それで私の台湾語ずっとよくならなかったのか?それとも実は別に、できていないことなんかなかったんじゃないかな?」とか思ったり。本当にそれだけの話ですが。

・RelaxedとEnergeticを別に対極的におかずに、同時に叶うこともできるはず。

・韓国語の勉強に集中していたら、別に「考えることが制限されるのでは」という心配は思いのほかしない。知ってく、覚えていく表現が多ければ多いほどただ嬉しいし、アウトプットに集中する時は、「これらの材料で何ができるのか」というのが出発点になるから、わりと楽しい。

・体レベルの習得は実践(練習)を通してでないとできない。いくら知識があっても、口周りの筋肉が慣れていないと新しい言語は喋れるようになれない。だから、意味なんかを考えずとりあえず意味のないことをひたすら反復して覚えさせよう。言語習得そのものもただの習慣なのである。

・人と喋る時に緊張しなくなる方法は、緊張している自分を観察して「緊張しなくてもいいから!」と言うよりも、「緊張するよね、まあ、緊張する性格でも大丈夫だよ」と言う方が自分には効く。物理的に配慮の要請する人は、その自分の欲を満たしてあげるように生きた方がいいのである。

・今年、ずっと映画見てないな。韓国で洋画を一回見にいきたいかもしれない。映画館体験も兼ねて、なんか韓国語字幕の勉強も兼ねて。

・抹茶といちごの組み合わせいつか飲んでみたい
(tenpersentのやつがめっちゃ美味しそうだった)

・勉強って楽しい!!!ポイントは必要ない急がしをしないこと

・運動は自分の体をpunishするためにするものではない。私にとってのsweet spotは’finish ecerything while still feeling energetic’みたい。別に人がきついものをしている、きついものをする必要があると平均的に言われても、それを自分の体以上に大事にしない。走るのが好きなやけど怪我してる人の例を忘れない。自律神経大優先

・腹筋をやりすぎるとお腹の調子が悪くなる

別に細いからって魅力的だなーと思わなくなってきた。いいことかもしれない。なんか、人は外見だけではないということの意味がわかってきた気がする。この良さの成立条件は、(1)磨いている人は磨くのっていいが、「磨くもの」は外見だけだと無意味である。と(2)磨いていないように見える人は、単純にそういう段階にいないこともある。(3)「単純にそういう段階にいない」けれど、それを受け入れているから、清潔感は保てているから、自己放棄的なような「外見を整っていない」のではなく、「自分と妥協して今はこう」だと、ある意味柔軟性のある人の象徴にもなる時でさえある。

だから結局、数字で測れる何かの正確さを目指すよりも、「現在のいる人生段階、それかこの時期において、最も他に大事なものを諦めずに最大限でいられる健康」がいかに保てるのか、というのが私の魅力基準である。ずっと腹筋パッキパキで、一生楽しく旅行のできない人よりも、旅行の時はめっちゃ楽しんで一緒にたくさん食べて、お腹の脂肪をつまみながら爆笑して、帰って一緒に公園でランニングのできる、自分をそんなにseriouslyに捉えていない人。別にお腹に脂肪ついたくらいで「人生終わった」とならない人が本当の意味で健康な気がする。そんな話。

今シェアルームしている子に「なんか、本読む人?」と聞かれ、「うん、読むの好きだけど、なんで?」って聞いたら、「君、本読んでいる雰囲気している」だって。今年一番の褒め言葉。本当に。「そんなのオーラでわかるもんなん?」と聞いたら、「全部受け取れるよ」だってよ。

私は、この会話をするまでにも、旅行中で出会う女子たちはほとんど本を読む人で(前漁村に行っていた時は、本当に寝室一緒な人、全員同じその地域の最も有名な独立書店の紙袋を持っていた、それか、それぞれの地域の図書館で借りてきた本とか)。「でも会ってきた男の人は全員そうじゃなかったよね」と言ったら、「Tell me about it」をいただいた。一人旅の社会的意義が違うもんなのか?よくわからないけれど。私は単純に、スマホ中毒になりたくない抵抗として本を読み始めていたところからだったんだよね。節約からの料理のように。まあ、何を言いたいかというと、やはり人間はオーラが大事。外見は外見だけではありませんということが再び証明される。

「女を殴る男と付き合っちゃいけない」という発言をしっかりと、指で強調する動きをしながら繰り返して言ったのが、私の最近見ているアイドルの人。というか、三年前のある、別の芸能人と一緒に酒飲んで話す番組であるが。そしたら当時はとても記事にされるほどだったみたい。

最近は、再びその番組に最出演をしたのだが、それについてホストの人と語ると、「でもそれってめっちゃ当たり前のことじゃん」。当たり前なのに、男性のアイドルがこのように強調して話すと、ニュースになるくらい「なんかこと人いいな」となるもんだなーーと私も不思議。そんくらい、ニュースになるくらいなら、誰も語っていないし、あまり語るとだめな雰囲気がまだ存在しているのかなと逆算できるけれど、なんか考えるだけで不安になった私。確かインスタでそんなミームも見たことあったなーと思って。日本のカップルは外では知らないふりをするけど家ではラブラブ、中国人カップルは外でも家でも喧嘩、韓国人カップルは外ではラブラブで家では男性が暴力を振る舞う、みたいなやつ。めっちゃいいねついていた気がするけど、「いいね」ってどこからきているのか、ちょっと考えてみると少し怖くなった。

・約束はいらないが、すでに約束していたことは守る

・同じ話を何歳になっても繰り返し話す大人になりたくないという強い抵抗心


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