すべてを手に入れることはできない
すべてを手に入れることはできない。
ずっと思っていたことだが年齢を重ねた今、この言葉はやけにしっくりくる。
「なぜ起業したんですか?」
ありがたいことに、そう聞かれる機会は少なくない。
そのたびに、僕は少し考えてからこう答えるようにしている。
「自分にできないことを、ひとつずつ諦めていったら、最後に起業が残った」
元々色々な理由はあったのだが、突き詰めるとそれが一番の理由だ。
そして今の自分には一番正直な答えだと思っている。

選ばなかった人生たち
僕は小さい頃から野球をやっていた。
小さい頃はイチロー選手が好きで、プロ野球選手、できることならメジャーリーガーになりたかった。
だが現実として、チームの中でも一番の選手だったわけではないし、バッティングが特別良かったわけでもなかった。
歌がうまければ、歌手になりたかったとも思う。福山雅治さんや女性だが宇多田ヒカルさんが好きで、いつも活躍を見ていた。
表舞台に立ち、誰かの感情を揺さぶる存在になる人生にも、やんわりとした憧れがあった。
でも現実はシンプルだ。
才能にも限界があるし、努力にも向き不向きがある。
どれだけ願っても、どれだけ頑張っても、届かない場所は確かに存在する。

諦めることは、負けではなかった
大人になるにつれて、少しずつわかってきた。
「何でも目指していい」時代は、意外と短い。
社会に出ると、選択の連続が始まる。
時間も体力も有限で、すべてを追いかけることはできない。
何かを選ぶということは、同時に何かを捨てるということだった。
正直に言えば、諦めることは怖かった。
夢を手放すことは、負けを認めることだと思っていた。
でも今は違う。
諦めることは「逃げ」ではなく、「選択」だったと思っている。
自分には向いていないこと。
努力しても報われにくいこと。
そこから静かに手を引いたからこそ、別の可能性に集中できた。
気がつけば、
「自分が勝負できそうな場所」
「自分の性格や思考が活きる場所」
それらを繋いだ先に、起業という選択肢が残っていた。
何も望まないわけじゃない
勘違いしてほしくないのは、
「何もかもを諦めたかったわけではない」ということだ。
何も望まない人生を選んだつもりはない。
むしろ逆で、この世界に生きた意味があると信じているからこそ、
自分にできる最大限の努力はしたいと思っている。
ただ、僕は器用な人間ではない。
何も失わずに、すべてを手に入れられるタイプではない。
だからこそ、決めた。
捨てるものは捨てる。
中途半端に抱え続けない。
その代わり、
「これは絶対に諦めたくない」
そう決めたものだけは、簡単には手放さない。
起業も、経営も、AIという領域も、決して楽ではない。
思い通りにいかないことの方が圧倒的に多い。
それでも続けているのは、これが今の自分にとって、
一番納得できる戦い方だからだ。
何を捨て、何を残しますか
すべてを手に入れることはできない。
これは厳しい現実だ。
でも同時に、「自分で選び取る余地がある」ということでもある。
何を捨てるのか。
何を守り続けるのか。
その選択の積み重ねが、その人の人生を形づくる。
今、何かを諦めようとしている人がいたら、
それは敗北ではなく、前に進むための整理かもしれない。
そして、どうしても諦めたくないものがあるなら、
それだけは、胸を張って追いかけていきたい。
僕はまだ、その途中にいる。
