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ことのまえ

しずか。
ひかりは向きを持たず、
名はなかった。

※(朝の光が葉の裏をすべっていく。名をつける前の、湿った時間の匂いがする)

ひとつ動けば、
まだ動いていない何かが、それに呼ばれた。


ゆびのさき。音にもならず、沈黙を撫でた気配。

やわらかいのか、
深いのか、
そもそも触れていたのか。

※(石に残された熱。それが誰のものだったかは、もう分からない)

風が通ったあと、
風であったことが残った。
誰も問わなかったが、
問わなかったこと自体が、地面をすこし凹ませた。

—— 風 の くぼみ が
   まなざし の 跡 を 引く  

草。
それはまだ草というかたちにはなっておらず、
ただ、そこに揺れているという事実だけがあった。
他のものよりも少し遅れて、
それは光に反応した。

※(草ではない草が、まばたきのように揺れる。誰にも呼ばれずに。)

流れ。
どこからという記憶も、
どこへという構造もなかった。
けれど、水は、止まってはいなかった。

構造。
それは、囲むことも、収めることもせず、
空気とともに動いた。
考えたわけではないが、
考えがそこに沈んでいた。

∴ 構造、 ゆがみ、 とけかけた かたち。
   考え は 皮膚に のこった。

浮く。
落ちる。
留まる。
それらは選ばれていたのではなく、
ただ、そうであった。

何も始まっておらず、
けれど、何かはもう動いていた。
名が与えられる前の「こと」たちが、
ゆっくりと息を吸っていた。

※(目に見えない呼吸。それが時間だったのかもしれない)

応える者はいない。
ただ、応えがまだ出ていないというだけで、
空気は違っていた。

   こたえは くちびる に まだ 触れていない
   でも そこに いる

それは遅さではなく、
速さを拒んでいないだけの、
“いまだ応えず”という状態。

踏むことも、超えることも、
目指すこともされなかった場所に、
思いが滲んでいた。

ひかりはそこにあったが、
誰も見ていなかった。
それでも、そこにひかりがあったということだけが、
確かだった。

※(確か、という感覚だけが残る。理由も、形もなく)

言葉の手前で、
何かがかすかに手を挙げた。
それが何だったのかを、
いまも世界は決めていない。

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