訪問看護ステーションの人間関係に悩む管理職が、少し楽になる考え方。
訪問看護ステーションの悩みは90%以上は人間関係な気がします。ただ個人の能力や性格だけでは説明できないことがあるとも思っていて。
同じように真面目な人が集まっているのに、ある事業所では自然と助け合いが生まれ、別の事業所では小さなズレが積み重なって、空気が重くなる。
「なんであの人たちはうまくいくのに、うちはギスギスするんだろう」と感じたことがある管理者は多いはずです。
そこで最近、面白いなと思ったのがオキシトシンです。
いわゆる『愛情ホルモン』『絆ホルモン』として紹介されることが多いですが、実際はそんな単純なものではありません。
むしろ人間関係を良くも悪くも、濃くする物質として理解したほうが現場にはしっくりきます。
オキシトシン研究の始まりは、1906年にHenry Daleさんが、下垂体後葉抽出物の子宮収縮作用を報告したことが発端で、そのあと1950年代にVincent du Vigneaudさんが、化学構造の決定と合成に成功し、オキシトシンは初めて構造決定・合成されたペプチドホルモンの一つになりました。
よくわかりませんが、
もともと分娩や射乳に関わるホルモンとして注目され研究されてましたが、徐々に、ヒトの社会行動や対人関係との関連について研究されるようになっていきます。
生理学的には、オキシトシンは視床下部で合成され、下垂体後葉から放出されます。そして近年は、単なる“出産のホルモン”ではなく、社会的な手がかりに対する注意、安心感、接近行動、絆形成などに関わることが示されてきました。特に重要なのは、『人を無条件に優しくする』というより、『社会的刺激の重要度を上げるように働く』という見方です。これがいわゆるsocial salience hypothesis(社会的顕著性仮説)です。分かりにくい…笑
有名なのは、2005年のKosfeldらの研究です。信頼ゲームの実験で、オキシトシン投与群は相手にお金を預ける額が増え、信頼行動が高まったと報告されました。この研究は、「オキシトシンは信頼を高める」というイメージを一気に広めました。
ただ、ここが大事です。
その後の研究では、オキシトシンの効果はそんなに単純ではないことも分かってきました。2020年の再現研究では、初期研究のような明確な信頼増加効果は再現されず、状況や相手との接触条件によって結果が変わりうることが示されました。つまり、オキシトシンは『信頼を自動的に増やすスイッチ』ではなく、『文脈依存で働く可能性が高い』ということです。
さらに面白いのは、オキシトシンが内輪には優しく、外には排他的に働くことがある点です。De Dreuらは、オキシトシンが内集団びいき、つまり"自分たち”を優先する傾向を強めることを示しました。しかも一部の研究では、集団の利益のためなら不正直さが増える、いわば“仲間のための嘘”を後押しする可能性まで示されています。
これ、職場に置き換えるとかなり示唆的です。
つまりオキシトシンは、
「みんな仲良くしよう」
という方向だけに働くわけではない。
むしろ、
「この人は味方だ」
「このチームは自分たちだ」
と感じた相手には協力を強める一方で、
「この人は違う」
「この職種は分かってくれない」
と感じた相手には、距離や警戒を強めることがある。
訪問看護ステーションで言えば、これはすごく現実的です。
看護師同士は結束しやすい。療法士同士も結束しやすい。常勤と非常勤、古株と新人、管理者と現場、医療保険中心の利用者を多く見る人と介護保険中心の人でも、“小さな集団”は自然にできます。そこにオキシトシン的な働きが加わると、仲の良い内輪はより強く結びつく一方で、集団間の誤解は広がりやすい。
だから管理者が「なんで看護師とリハが分かり合えないの?」と嘆いても、ある意味当然なんです。努力不足だけではなく、人間の生物学的な傾向も乗っているからです。
しかも訪問看護は、ただでさえ感情負荷が高い。
利用者の生活、家族、看取り、急変、ケアマネや主治医との連携、売上、移動、時間制約。
こういう環境では、人は合理性だけで動きません。安心させてくれる相手には近づき、脅かす相手からは距離を取ります。オキシトシンはそうした『誰を安全と感じるか』にも関わるため、職場の空気づくりに無関係ではないのです。
ここで管理職に必要なのは、「みんな仲良く」と精神論で押すことではなく、必要なのは、オキシトシンが良い方向に働く条件を整えることです。
例えば、
顔を合わせる回数を増やす。
感謝を言語化する。
困りごとを共有できる場をつくる。
職種ごとの正しさを戦わせるのではなく、利用者の暮らしという共通目標に戻す。
小さな成功体験をチームで共有する。
こうしたことは、単なる『いい組織論』ではなく、人が味方認定しやすくなる条件づくりでもあります。
逆にまずいのは、情報が偏ること、陰での他者評価すること、職種ごとに括ること、管理者だけが本音を言えないことです。
こうなると、内輪の結束は強まっても、組織全体は分断され、表面上は静かでも、水面下ではかなり悪くなる。
訪問看護ステーションでよくある「表立った喧嘩はないのに、なんか空気が悪い」は、こういう状態かもしれません。
とはいえ、人間関係は努力が必要です。
対話も必要。配慮も必要。仕組みも必要。
でも、それでもなお、うまくいかない日はある。感情が先に動くこともある。身内に甘く、外に厳しくなることもある。
それを全部、「あなたの性格が悪い」「あの人の意識が低い」で片づけるのは、少し雑なんだと思います。
そうではなくて、人間はもともと、絆をつくる力と、内輪を守ろうとする力の両方を持っている。オキシトシンは、その一端を担っている。
だからこそ管理職は、個人を責めるより先に、関係性の設計を考えたほうがいい。
人間関係は、努力の問題でもある。
でも同時に、オキシトシンのせいでもある。
そう思えたほうが、管理は少し優しく、少し戦略的になる気がします。
