資本主義社会に、最後にものをいうのは、社会関係資本かも。
資本主義社会の中では、どうしても「お金を持っている人が強い」と感じる場面があります。
実際、経済資本はとても大事です。会社を動かすにも、人を雇うにも、教育を受けるにも、生活を守るにも、お金は必要です。
訪問看護ステーションの経営においても、それは例外ではありません。むしろ、きれいごとでは済まされないからこそ、売上や利益をきちんと見なければ、利用者さんに良いケアを継続することすらできないと思います。
ただ、ここで考えたいのは、人の豊かさは本当にお金だけで決まるのかということです。
ぼくはそうは思いません。
むしろ、長く地域を見てきて感じるのは、人生を本当に豊かにしているのは、経済資本だけではなく、『社会関係資本(ソーシャルキャピタル)』ではないか、ということです。
ソーシャルキャピタルとは、簡単に言えば、人と人とのつながり、信頼、支え合い、互酬性の規範ことです。
難しく聞こえるかもしれませんが、現場で言えばわかりやすいです。
「困ったときに相談できる人がいる」
「地域で名前を覚えてもらっている」
「この人が言うなら信じようと思ってもらえる」
「看護師と療法士が互いの専門性を尊重しながら動ける」
「利用者さんの変化を、医師やケアマネと自然に共有できる」
こういうもの全部が、社会関係資本です。
訪問看護の現場では、この資本が高い人、あるいは高い組織ほど実はうまくいくと思っています。
売上だけの話ではありません。離職が少なく、連携がスムーズで、紹介も増えて、利用者さんの満足度も高い。結果として、経営も安定しやすい。
つまり、社会関係資本が高いことは、きれいごとではなく、実利でもあります。
ただ資本主義の本質は、競争だけではないと思っています。もちろん競争はあります。でも、本当に強い人や組織は、単に奪う人ではなく、信頼を集められる人です。
お金を持っていることよりも、「この人と一緒に働きたい」「この事業所に任せたい」「この人になら相談したい」と思ってもらえることの方が、長い目で見ればずっと価値が高い。
ぼくは、そこにこそ“本当の意味でマウントが取れる状態”がある気がしています。相手を見下すことではなく、自然と人が集まり、地域から必要とされる状態です。
訪問看護ステーションの管理職にとって、この視点は特に重要です。
経営を学ぶと、つい数字に目が向きます。件数、稼働率、売上、人件費率。もちろんどれも大切です。
でも、数字だけを追い始めると、組織は壊れやすい。スタッフは疲弊し、職種間で分断が生まれ、「誰のための仕事か」が見えなくなります。
一方で、ソーシャルキャピタルを高めるマネジメントは、少し遠回りに見えて、実は一番強い。
たとえば、スタッフ同士が気軽に相談できる空気をつくる。
看護師と療法士の意見の違いを対立ではなく、視点の違いとして扱う。
ミスを責めるより、報告しやすい文化をつくる。
地域のケアマネや医師との関係を、営業先ではなく、同じ地域を支える仲間として築く。
こういう日々の積み重ねが、組織の見えない資産になります。
そしてこれは、看護師だけの話でも、管理者だけの話でもありません。
療法士や事務職、ケアマネ、医師、家族、地域住民まで含めて、全員がこの概念を知っておく価値があると思います。
特に療法士は、身体機能や活動に目が向きやすい職種です。でも、本当に生活を支えるには、その人がどんなつながりの中で生きているかを見なければいけない。
筋力が少し上がることよりも、近所に話し相手ができることの方が、その人を元気にすることもある。
歩行速度が少し上がることよりも、「またあの場所に行きたい」と思える関係性の方が、生活を前に進めることもある。
この視点は、リハビリテーションの本質にも近いはずです。
結局のところ、人は一人では生きられません。
どれだけ制度が整っても、どれだけお金があっても、信頼できる人がいない社会はしんどい。
逆に、多少不便でも、「あの人がいる」「ここなら大丈夫」と思える地域、組織は強い。
だからこそ、これからの訪問看護ステーションには、医療や介護を提供するだけでなく、地域の社会関係資本を高める拠点であってほしいと思います。
お金は大事です。
資本主義も否定しません。
でも、その中で最後に人を支えるのは、たぶん人と人との関係です。
売上をつくることと、信頼をつくること。
経営を守ることと、関係を育てること。
この両方を追いかけられる管理者や専門職が増えたら、訪問看護の世界はもっと良くなる。
そしてそれは、利用者さんの人生だけでなく、働く自分たちの人生も豊かにしてくれると思っています。
