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「なぜこれを現実化しているのか」という問い

6月のあたま、急なイベント(ピクニック)で、日帰りで東京まで出かけてきた。これがドイツからだとなかなか難しいけれど、私は高知の実家に一時帰国中なので、「5万円くらいで行けるなら」と、私の人生にとって大切な方に初めて会ってきた。

そのピクニックとは、過去にYouTubeでタロットの配信をされていたサラさんという方が開かれたもの。サラさんにはその配信を通して出会い、私の変動の時期を助けてもらった。そのサラさんには、去年またオンラインで出会い直した。

サラさんはとてもお美しかった。それは見た目だけを言いたいのではなく、雰囲気、言葉、関わり、そして外見も、どこをとっても美しいと感じた。

その時に印象に残った言葉が、「なぜそれを現実化しているの?」という、サラさんの問い。私に向けて発せられたものではなかったけれど、間近でそれを聞いたとき、この言葉は大事にしようと、私のなかに仕舞ったのだった。


そのイベントから数日経った日、私は家で魂の通訳書を書いていた。

魂の通訳書とは、私が作るホロスコープの鑑定書のことなのだけれど、これが多くの方の目に触れる機会をいただいたのも、1つはサラさんからだった。

ピクニックでは、それまでと比にならないほどたくさんの言葉をまたサラさんからいただいて、その日の私はとってもホクホクとしていた。私は私でいいのだ、私が信じることをやり続ければいいし、やっぱりこれは私の使命だ。そんなことを思って、自分の未来に安心して、パソコンに向かっていたと思う。

そんなときに、家の1階から声が聞こえた。何やらただならぬ声で、私は急いで2階の自室から下へ降りた。

そこで見たのは、意識を失いかけている祖母の姿だった。


弟と一緒に必死で祖母へ声をかけて、偶然居合わせた訪問リハビリの方にその場を助けてもらいながら、母が救急車を呼んだ。もうそのまま、お別れになってしまうのかと覚悟した。人があんなふうに目の力を失うのを初めてみた。

結果がどうだったかといえば、祖母は一瞬の失神だったようで、病院での検査でも原因となるような病気は特に見つからず、数時間のうちに一緒に帰ってきた。

それでも私たち家族はとっても興奮状態になっていたから、お互いに手を触れ声を掛け合い心を落ち着かせて、なんとかその日をやり終えた。それぞれに原因を考えて、もう二度と起きてほしくないと願いながら、みんななかなか眠れなかったと思う。


それで、私は考えた。「私はなぜこれを現実化しているのか」と。

そう考えると、1つ思い当たることがあった。私はやっぱり、祖母にまだまだ生きてほしいのだろうと。というのは、これまで3回分の一時帰国に思い当たることがある。


ドイツに住み始めて2年半。私はこれまでに3回の一時帰国をして、今回が4回目。実はこれまでの3回は、いつも誰かの訃報があった。

一度目は、祖母の兄。二度目は、大学時代の恋人。三度目は、まだ会ったことはなかったけれど、すぐに会うことになっていた共通の団体の人。特に若い人が亡くなったことは、すごく痛くて私の心を大きく揺らした。

私が帰ってくるたびに、どうしてこういうことが起きるのだろうと思っていた。私の家族のなかでは、人生の終わりに一番近く見えるは祖母だから、祖母のことを案じて、このジンクスを断ち切りたいと思っていた。だから今回のこの現実は、「うちのおばあちゃんはまだ大丈夫だ!」と思わせる何かだったのではと思った。


一時帰国が近づくと、いつも私はナーバスになる。それは、もしかするとこの帰国が、それぞれ大切な人との最後になってしまわないかと思うから。

子どもの頃から私は、例えば祖母の家に泊まったとき、隣に眠る祖母が、急に亡くなってしまったりなんかしたらどうしようと、ありもしないことをいつも恐れる子どもだった。そしてそれは、誰にも言えずに一人で怯えていた。

子どもながらにそんなことを考えていたな……と思い出すけれど、大人になった私も同じだ。祖母、父と母、弟たちやその配偶者、ペット、そして私の大切な恋人にその家族。まだまだどこかへ行かないで、この体でこの役割でいるこの人生を、まだ一緒に体験させて、と願っている。

私が一時帰国をするということは、どちらかの家族とは一緒にいるけれど、どちらかの家族とは離れるということ。だから、日本に帰る時もドイツへ戻る時も、どちらもとてもナーバスになる。


そんな恐れが私のなかにあることを、私は知っている。恐れは必要ない、命や魂は、形や役割を変えて続くとわかっていても、やっぱり私には恐れがある。

けれど視点を変えれば、恐れを持つことも、この体と現実でしかできない。もしかすると私の魂は、恐れを持つこともやりたくて来たのかもしれない。

そんなことをつらつらと考えながら、今回起きた現実のことを紐解こうとしている。とにかくうちのおばあちゃん、まだまだ一緒にこの世にいてほしいよと思いながら、毎日横に座って体をさするなどして。

家族の命に対する恐れは、この一時帰国の直前に、恋人へ打ち明けてみた。恋人は真剣な表情に変わって、大丈夫だと声をかけてくれた。少なくとも私は、もうこの恐れを、ひとりで持つ必要はないのだと思った。


追記。

この出来事のとき、何かの時のためにこの祖母の状況を説明する情報を残さねばと、とっさにボイスメモを録った。そのボイスメモには、録音の開始と同時に、2文字のタイトルが勝手につけられた。

いつもなら、その場所の住所などが表示されるもの。私は思わず二度見したのが、このタイトルは「長寿」だった。誰が何を意図して、このメッセージを伝えてくれたのだろうと、まだしばし考えている。

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