~と。で、僕らは気持ちをしゃべらせている
若い仕事仲間とのチャット。
僕は「了解です。」と打っただけだ。
すると数分後、思いがけない返信が来た。
「ユキトさん、なんか怒ってますか?」
え、どこが。
慌てて自分のメッセージを読み返すが、どう見てもただの事務連絡である。誤字もないし、変なスタンプも押していない。ただの四文字とひとつの点である。
この「了解です」のどこに『ふざけんな』が隠れているのか探してみたが、さっぱり分からない。
聞いてみると、どうやら文末の「。」が怖いらしい。
これが?
僕は思わず画面の句点をじっと見た。もちろん何も起きない。黒くて小さな丸が、画面の中にぽつんといる。こんなゴマ粒みたいなやつに威圧感があるというのか。
いや、待てよ。そう言われてから見ると、腕組みをしてこちらを見ているような気もする。文字のくせに、急に上司みたいな顔をし始めた……ようにも見えなくもないか。
世間では、こういう感覚を「マルハラ」と呼ぶらしい。
僕にはただの「文章の終わり」を示す、ごく普通の句点なのに、この仕事仲間には、それが冷たく、何かを突き放しているように見えたらしいのだ。
そんなことがあるのだろうか? 気になって調べてみたら、句点が威圧感や距離感につながることがある、と説明する記事がいくつも出てきた。ところが、よく見ると、その説明文自体が普通に「。」で終わっている。
いや、ちょっと待って。思いっきり「。」ついてるじゃないか!
僕はもう、どこまでが怖くて、どこからが怖くないのか分からない。マルハラを理解するための記事から、さっそくマルで威圧されている。
となると、今度は「。」の代わりに何を置けばいいのかが気になってくる。「~」ならどうだろう。
「いいですね~」
と打ってから、指がピタリと止まる。
この「~」を消すべきか、残すべきか。
消して「いいですね。」にすると、また怒っていると思われそうだ。じゃあ「いいですね!」にするか? いや、これはこれで無理してる感が出る。でも、仕事のやり取りで「~」を残すのは、ちょっと軽すぎる気もする。
たかが一本の線をめぐって、僕の親指はスマホの上で国会審議に入る。予算案ならぬ、語尾案。なお、結論はだいたい先送りだ。
どうやら文字には、書いてある内容とは別に「温度」があるらしい。
考えてみれば、僕は前から「~」を使っていた。
「助かります~」
「ありがとうございます~」
たぶん文章の角を丸めたかったのだと思う。デザインの勉強で習った「面取り」と同じで、角をほんの少し削るだけで手触りが変わる。僕は知らないうちに、文末を紙やすりでしゃこしゃこ磨いていたわけだ。
「ありがとうございます」より、「ありがとうございます~」のほうが、なんだか文章の向こうから声が聞こえる。実際には音なんて出ていないのに、頭の中ではちゃんと語尾が伸びて再生される。
そう考えると、「~」というのは、文字の世界に持ち込まれた「声帯」なのかもしれない。
しかもこいつ、記号のくせに「感情切り替えスイッチ」のような役割まで果たしている。
「いいですね。」だと、キチッとした会議室。
「いいですね!」だと、満面の笑顔。
「いいですね~」だと、かなり好意的。
じゃあ「いいですね~~~」はどうか。
波線が三本も並ぶと、もはや記号ではない。両手を広げて、満面の笑みでこちらへ走ってきている。
「最高ですね~~~~~」
ここまで来ると、たぶん勢い余って抱きつかれる。十本くらい並んでいたら、僕は一度うしろを振り返って逃げ道を確認するだろう。
一本増えるだけで、人間関係の距離まで変わる。ずいぶんいい仕事をしているじゃないか。
さらに、「~」の仕事は感情表現だけにとどまらない。
5~6個。
東京~大阪。
13時~14時。
1000~2000円。
数字や名詞のあいだに挟まると、今度は「このへん」という範囲を担当し始めるのだ。さっきまで気持ちを運んでいたのに、突然、範囲の係になる。転職が早い。
僕もエッセイを書く前には「今日は2000~3000字くらいで」と決めている。決めているのだが、書き終わってみると平気で4000字を超えていたりする。どうやら僕の使う「~」には、プラス1000字ほどの隠し収納があるらしい。都合のいい記号だ。
気持ちもぼかせるし、数もぼかせる。
読み方だって、あるような、ないような。
「5~6」なら「から」と読むくせに、「いいですね~」のときは声に出せない。あえて言うなら「ぇ」か。「いいですねぇ」。その「ぇ」の部分だけ、一本の線になっている。音がないのに、気持ちだけがしっかり届く。
「いいですね~」では感情担当。
「5~6人」では数量担当。
守備範囲が広すぎる。
もはや「~」は、日本語界における「だいたい担当大臣」である。
ところが調べてみると、この穏やかな顔をした大臣、パソコンの中では昔からかなり揉めていたらしい。
たとえば、パソコンでの「~」の入力方法だっていろいろだ。普段これほど使っているのに、いざキーボードで出そうとすると「どこだ?」となる。
それに、名前。
「これ、正式名称なんだっけ?」となる。
「波ダッシュ」と「全角チルダ」。見た目はほぼ同じなのに、コンピューターの中では全く別の番号(文字コード)を持っているらしい。
見分けてくださいと言われても困る。僕には、一卵性双生児がまったく同じ服を着て立っているようにしか見えない。今この原稿に並んでいる「~」も、正直どちらなのか自信がない。
しかも厄介なことに、この双子はページ内検索などでは別人扱いになることがある。「なが~い」で検索しても、もう一方の「なが〜い」は引っかからない。同じ顔で同じ服なのに別人として出てくるのだ。
しかも波ダッシュのほうは、長いあいだUnicodeの表で、今とは逆向きの姿で掲載されていたらしい。本来は「上がって下がる」形なのに、「下がって上がる」と逆向きに登録されていた。
誰か言わなかったのだろうか。「あの、日本のやつ、向き逆じゃね?」って。それでもUnicode 2.0から7.0まで、その姿で載り続け、8.0になってようやく現在の向きに修正されたという。
さすが「だいたい担当大臣」である。自分の向きまで、だいたいだったのだ。
人間が「このへん」という意味で使っている記号が、自分の向きまで長いこと「このへん」だったと思うと、なんだか愛しくなってくる。
そういえば、「~」から始まる言葉というのは、僕にはひとつも思いつかない。
そもそも「~」は、自分が先頭に立って何かを始めるような記号ではない。たいていは、何かと何かのあいだに入ったり、言葉のお尻について伸びたりしている。
ところが不思議なもので、こいつを文頭に置くと、急に何かが始まったように見える。
「~あの日の続き」
「~そして今日」
文頭に「~」があると、なぜかその前にも何かあったように匂う。何も始めていないのに、続きから始めるのだ。それに対して、後ろに置けば、声がまだ続いているように見える。
「。」は、ここで文章が終わるという記号だ。
「~」は、どこかへ続いているように見える。
あの日の『了解です。』以来、前より少し意識して「~」を打つようになった。扉を少しだけ開けておくような気持ちで。
ただ、あんまり増やすと、今度は「ユキトさん、なんかありました?」と心配されそうだな。
さてと。
そろそろ仕事のチャットに戻らなきゃ。
了解です~
相生エッセイ
今回のエッセイは、マイキーさん主催の企画「#エッセイしりとり 2026夏の陣」で書いたものです。僕がこの企画に参加するのは、今回で八度目になります。
今回頂いたお題は「~」です。
「~」から始まるタイトルでエッセイ。
マイキーさん、楽しい企画をありがとうございます! 明日最終日です!
▽「#エッセイしりとり」コンテスト2026夏の陣
▽ エッセイしりとり、僕の参加作品
▽ note創作大賞2026に応募したエッセイ作品はこちらに収録しています。ぜひ読んでみてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました😌
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