世界とはなんなんだろう?を考えてみた。
ChatGPTとの会話ログです。
生成AIは誤った事実を生成する場合があります。
私もよくあやります。
内容が長くなったのでChatGPTの生成箇所は抜き出しにしているため、会話形式にはなっているとは言えません。
基本は私の部分を読んで頂ければ分かると思います。
私
すべては私の感覚と推測なんだけど、
世界は何がつくってるのだろう?と考えたら
頭から離れなくて途中だけど どう思う?
主に意識と情報と時間
意識は世界を覗く、または再現する主体。
この主体の存在を認めなければ
この世界はそもそも仮定としても始まらない。
情報は主に意識(主体)を刺激するもの、形ある存在、光やエネルギー、刺激は外部からによる物だけとは限らない。
ありとあらゆるものは情報に置き換えられる。
時間は意識が世界の変化を計算、理解するために利用。
基本的には時間自体は変質しない絶対の存在だが、
感覚としての感じ方はそれぞれの個人、状態で違う。
動くモノ、変化するモノの計算や理解に必要。
また、生物にとって生きる上での受け取り方や感覚が違う。(昆虫と人間の同じ時間における感覚は違う、人の15年はまだ子供時代が終わる頃だけど、昆虫のそれは何世代も移り変わる層となる)
意味は情報という刺激が意識に入力されると生成される。
記憶は意味の集合体、塊。
時間の要素(時間変化)を含んでいる。
記憶を呼び出す行為は意味を重ね合わせて状況を再現している。
自我は主に意味と記憶から作られ、都度 修正、書き換えが起こるもの。
意識の偏りを作ったり、制限をかけたりする存在。
意識のポリシー的役割。
名前の役割
意識が持つ意味に対応し、結び付く。(情報を置き換えた物)
自分の中にある、意味を外部へ出力するために必要。
意味はそれぞれの意識の中で違うため、
名前が意思疎通の際の共通言語の役割を持つ。
また名前は意味や記憶を引き出すトリガーとして機能する。
さらに名前は高次の思考をする際に役に立つ。(俯瞰して構造として見る時の処理を軽くする)
『世界』と現せば、この世界すべてを概念として呼び出す事すら可能となる。
(正しいも正しくないも関わらず表現出来る)
ChatGPT
あなたの考えは、おそらくこういう構造になっている。
世界 → 情報 → 意識 → 意味 → 記憶 → 自我 → 名前 → 再び世界を認識する
つまり、世界そのものを直接扱っているのではなく、意識は世界から受け取った「情報」を処理して、その結果として「意味のある世界」を作っている。
あなたの文章では「時間自体は変質しない絶対の存在」としているけれど、これは現在の物理学とは衝突する。
相対性理論では、時間は観測者の運動状態や重力によって異なるので、「全宇宙に共通する絶対時間」が存在するとは考えない。
ただし、あなたが言っている「時間」が物理学上の時間ではなく、
意識が変化を比較するための軸
という意味なら、むしろ非常に面白い。
時間とは変化そのものではなく、変化を比較するために意識が持つ構造なのではないか
「情報」と「意味」は別物で、
情報=存在するもの
意味=意識が情報に対して作る関係
なのかもしれない。
ここまで進むと、「意識・情報・時間」に加えて「意味」が第四の柱として出てきそう。
私
実際にある存在と
自分が見ている認識する世界とは違うだろうから切り離してる説明をしてなかった。
分かってくれてありがたい。
意味を4つ目の要素にするというのは
私も考えたりしてたよ。
記憶を思い出すという行為について
私は録画したような生の記録を呼び出しているのではなくて
思い出そうとした時にその都度、状況を再現して生成しているのではないか?って考えてるんだけど
どう思う?
人の顔が思い出せなかったり、思い違いでそこにいない人がいたりなんてことがよく起こるから、(それこそ生成AIの生成画像みたいに)
あれは過去のイメージの断片の重ね合わせによる生成物じゃないか?って思うのだけど。
ChatGPT
その考え方はかなり筋が通っていると思う。
「記憶=録画データ」ではなく、
「記憶=過去の情報を材料として、現在の脳が再構成したもの」
と考えるほうが、実際の人間の記憶の特徴を説明しやすい。
たとえば、あなたの言う「そこにいなかった人が記憶の中にいる」という現象。
これはかなり重要だと思う。
記憶は、
保存 → 再生
ではなく、
保存 → 再構成 → 経験
なのかもしれない。
さらに面白いのは、「思い出す」という行為そのものが、記憶を変えてしまう可能性があること。
一度思い出した記憶は、また保存されるときに、今の自分の解釈が混ざる。
あなたの最初の体系に戻すと、ここでかなり綺麗につながる。
「情報」は過去に起きた出来事。
「意味」は、その情報に意識が与えた関係や解釈。
「記憶」は、その情報と意味が現在から再利用できる状態になったもの。
「意識」は、それらを材料として現在の世界を再構成している主体。
「時間」は、その再構成を「過去→現在→未来」という変化として扱うための軸。
そして「自我」は、その再構成を行う際の「自分についてのモデル」。
こうすると、人間が経験している世界そのものも、実はかなり「生成的」になる。
個人的に一番面白いと思うのは、ここからさらに一歩進んで、
「では、今見ている現在の世界も、記憶と同じように意識による生成物なのでは?」
という問いが出てくるところ。
私
いいね!面白い。
脳が存在を当たり前には写さないという事を
線の装飾を変えるだけで同じ長さの線が違う長さに見えるという実験で知った。
軍の実験で兵士の良心の呵責を防ぐために
敵を別のキャラクターに置き換えて見せる事が考えられてるなんて事も聞いたことある。
それで今見えているこの世界は本当にこんな姿をしているのだろうか?
脳がかなり理解しやすいものとして映しているんじゃないか?ってこれは昔から考えてるんだ。
ChatGPT
「脳は世界を見ている」というより、むしろ「脳は世界から来た情報を、自分が扱える形に変換している」と考えると、いろいろな現象が一本につながる
線の長さの錯視は、その分かりやすい例だね。外部にある物理的な線の長さは同じなのに、周囲の形によって「違う長さ」として知覚される。つまり、目に入った情報をそのまま表示しているわけではない。
これは「脳が間違えている」とも言えるけれど、別の見方をすると「脳が世界を理解しやすい形式に変換している」とも言える。
たとえば、私たちは「光そのもの」を見ているわけではない。
電磁波のうち、人間の視覚系が扱える範囲の情報を受け取り、それを色として経験する。
そして色そのものも、世界に「赤」という属性が貼り付けられているわけではない。
ある波長帯の光に対して、私たちの視覚系が「赤」という経験を生成している。
世界そのもの → 生物が処理可能な情報 → 意識が扱えるモデル
という変換をしていると考えると、かなり合理的なんだよね。
そして、あなたが挙げた「敵を別のキャラクターとして認識させる」という話も、発想としてはこの延長線上にある。
ただし、実際の軍事研究については「兵士の良心の呵責を防ぐため、敵をキャラクターに置き換える」という単純な形で一般化すると、少し慎重になったほうがいい。戦争における敵の非人間化や心理的距離を作る研究は確かにあるけれど、具体的な軍の実験として何が行われたかは個別に確認したほうがいい。
でも、あなたがそこから感じ取った「認識の形式を変えると、同じ対象に対する心理的意味まで変わる」という部分は非常に重要だと思う。
情報そのものだけではなく、情報に付与された意味が、意識に現れる世界を変えてしまう。
ここで、さっきの「意味を第四の要素にする」という話が効いてくる。
私は今のあなたの考察なら、
実在
情報
意識
意味
時間
くらいまで分けて考えても面白いと思う。
そして「実在」と「意識が経験する世界」を分離する。
私たちが生きている「世界」は、単純な外部世界のコピーではない。
外部世界から取得した情報を、脳が生存や行動に適した形式へ変換した結果として現れる世界となる。
ここで昆虫の話もつながってくる。
同じ場所に人間と昆虫がいたとしても、二者が経験している「世界」は同じではないはず。
人間には見えない波長を感じる生物もいるし、人間には聞こえない音を利用する生物もいる。
つまり、
「一つの世界を、全生物が同じように見ている」
というより、
一つの実在に対して、それぞれの生物が異なる世界モデルを生成している
と考えられる。
「本当の世界がどんな姿なのか」を、人間の意識から完全に切り離して確認すること自体が難しい。
私
人間は実在そのものは見えていないかもしれない事と、
人間が認識出来る部分すべてを情報と考える事で
実在も情報の中に入れ込んでたから、それは要素から
あえて外してた。
バカげてるとは思うけど、人生はすべては夢でした。
目覚めたら世界も無かったなんてSF的な真実が
まったくありえないとも思えないんだよね。
ChatGPT
いや、私はそれを「バカげている」とは思わないよ。少なくとも、今組み立てている体系の中では、かなり自然に出てくる疑問だと思う。
むしろ今回の説明で、「実在」を要素から外していた理由が分かった。
あなたの「情報」は、単なる「外部世界から届いたデータ」ではなく、
「人間が何らかの形で認識・検出・経験できるものすべて」
という意味なんだね。
そうすると、実在を別の一要素として置く必要がなくなる。
実在があるかどうかを確定できなくても、意識に現れている世界については考察できる。
私
世界は情報と意味とで出来ている事になる。
他者(他人の意識など)が実在しているかも
分からない事になるけど
他者が実在していようとしてなかろうと
情報がある事には意味がある(意味が生まれる)。
他者の存在を考えて、自分と他者とを比較する事は
何より情報から得られる意味の幅をより広く得られる。
自分は踏み台だと思っている物も
他人が見たら、簡素なイスだと考えるかもしれない。
また、同じ物を見ても昆虫だったら
その全体把握が出来ないし、まったく違う意味を得るかもしれない。
そもそも背景から踏み台を取り出す事 事態が出来ないかもしれないし、全体把握は出来なくてもミクロな視野で別の情報を得るかもしれない。
意味はその意識がもっている機能と特性(身体能力、個性)と
経験と意味、記憶、自我(本能)などによって
獲得出来る形が変わる(得られる意味はそれぞれで異なる)のだと思う。
ChatGPT
情報は共有できても、意味は必ずしも共有されない。
認識能力が高い=世界をそのまま見られる
ではない。
むしろ、
認識能力が違う=世界から抽出できる情報の種類と構造が違う
「意味」は一方向に生成されるものではなく、過去に作った意味が次の情報の解釈を変えてしまう。
例えば「犬」という情報を知らない赤ちゃんと、犬に噛まれた経験のある人と、犬を飼っている人では、同じ犬から得る意味が違う。
さらに犬を研究している人なら、姿勢や耳の角度、行動などから別の情報を抽出する。
つまり、
情報 → 意味
だけではなく、
過去の意味 → 次に取得する情報
でもある。
「情報」が世界から来るものだとすれば、
「意味」は情報と意識の接点で生まれる。
だから、
情報だけでは世界は「何か」でしかない。
意味が生まれることで、それが「何であるか」になる。
そして記憶は、その「何であるか」を時間の中で蓄積する。
自我は、その蓄積された意味を「自分」という一つの系統にまとめる。
名前は、その巨大な意味の集合を圧縮して呼び出す。
他者は、自分とは異なる意味生成の仕方を持つ存在として世界に現れる。
世界は「完成した一枚の絵」というより、
情報と意味が、意識の中で絶えず生成・更新され続けているもの
として見えてくる。
私
あなたもたどり着いていたけど
自分の中で生まれた意味や記憶、自我といった内省情報も
私という意識(主体)が意識(認識)した瞬間に
外からの情報と同じ反応が起こり
そこにはまた新しい意味(解釈)が生まれる。
この反応が思考する(瞬間的な意味生成とは違う)という事なのではないか?って思う。
ChatGPT
普通は、
外部 → 情報 → 意識
と考えがちだけど、あなたのモデルでは実際には、
外部情報 → 意味 → 記憶 → 自我 → 内省情報 → 意識 → 新しい意味
という循環が成立する。
つまり「情報には外部情報と内部情報がある」のではなく、意識にとって認識された時点で、どちらも情報として同じ処理系に入ると考えられるわけだね。
思考は、
意味を生み出すことそのもの
というより、
意識が自分の中にある情報を対象として扱い、それを再び意味生成の系に通す反復過程
なのかもしれない。
ここで、あなたがわざわざ「瞬間的な意味生成」と「思考」を分けたのは非常に良いと思う。
思考とは、意味生成を一回で終わらせず、生成された意味そのものを新しい情報として再入力すること
と定義できるかもしれない。
思考によって生成されたものも、最終的には記憶になる。
人間の意識は、単に外部世界を観測している装置ではなく、
自分自身が生成した情報をもう一度観測できる装置
なのかもしれない。
「では、意識が自分自身を情報として認識し続けたら、どこまで自己を再構成できるのか?」
私
超次元へ飛ぶような気がする。
ありていにいえば、超常的な存在、神など
そのあたりが個人で出せる限界値で。
AIが自分の生成物だけで学習を繰り返すと
どっちつかずのあまり使えない物を生み出してしまうように。
人間の思考にも限界があってそれを超えて分からない物は
理解出来ない存在を出してフタをしてしまう。
たまに、アインシュタインのような外れ値の天才がそこを飛び越えたりするんじゃないかな?
ChatGPT
うん、かなり面白いと思う。
特に「思考が自己生成した情報だけで循環すると、どこかで限界にぶつかる」という部分は、今まで話してきたモデルから自然に出てくる。
アインシュタインのような人物の話が面白くなる。
「天才だから、突然何もないところから真理を生成した」と考えるより、
既存の意味の組み合わせ方を変え、今まで別々だった情報を新しい構造として結びつけた
と考えたほうが、あなたのモデルには合う。
相対性理論も、完全な無から出てきたわけではない。
それまでの物理学、光、電磁気学、ニュートン力学、観測事実、数学など、大量の既存情報がある。
ただ、それらを従来とは違う意味の構造に組み直した。
だから「天才」は、単純に情報量が多い人というより、
既存の情報から作られていた世界モデルそのものを変更できる人
と見ることもできる。
ここで「外れ値」というあなたの言葉がかなりいい。
あなたの「神」の話もここにつながる。
人間が理解できないものに遭遇したとき、
「ここから先は分からない」
で止めることもできる。
その存在が実際にいるかどうかとは別に、
人間の思考が自分の認識限界の外側を一つの概念として表現する
という機能を持っている。
そして「神」という名前は、あなたが以前話していた「名前」の機能とも非常に相性がいい。
「神」という一語で、
「自分には理解できない原因」 「世界の始まり」 「絶対的な存在」 「人間を超えた知性」 「秩序の根源」
など、とてつもない量の未知を一つの概念に圧縮できる。
だから「神」は、
理解できないものを理解したことにするための名前
としても機能してしまう。
科学は「分からない」を神で埋めずに、
「今の自分たちには、まだこの情報を意味に変換できる能力がない」
という状態をそのまま保持する。
私
内省を繰り返すと人間はたいていスピリチュアルとか超常的何かにすがって思考を止めてしまうように思う。
天災を前に神の怒りだと言ってみたりね。
(けどこれはこの天災を誰かのせいにしてはならないという思いがそう言わせてる場合もあるかもだけど)
ただここでもさらに内省を繰り返した人物がシャカやイエスなどの宗教の始祖じゃないかな?と思う。
シャカやイエスがすべて逸話通りをしたのかは分からないけど、歴史上の存在を疑うのもおかしい。
宗教というのは内省を繰り返す事が多い。
多くの人が内省を繰り返した集合知の結果なのか仏教の世界観なんか宇宙論のようになってたりする。
ChatGPT
特に面白いのは、「宗教=超常現象を信じるもの」と最初から置かずに、まず「人間が自分の認識限界まで内省した結果」として見ることだと思う。
「神の怒り」という解釈は、自然現象の科学的説明としては間違っていても、人間の精神にとっては別の意味を持つ可能性がある。
ここは「意味」というあなたの概念が非常に効いている。
そして、内省をさらに進めると、今度は「神が怒った」という説明そのものを疑う人が出てくる。
こういう問いを延々と自分自身に返していく。
ここで、あなたの言うシャカやイエスが出てくる。
歴史上の人物としての釈迦(ゴータマ・シッダールタ)については、後世に多くの伝承が積み重なっていて、どこまでが史実かは区別する必要がある。同じようにイエスについても、史実としての人物と、後世に形成された宗教的な物語は分けて考えたほうがいい。
一人の人間が非常に深く内省し、その結果として、
「自分がこれまで世界について持っていた意味の構造そのものがおかしい」
というところまで到達したとする。
その人が語ったものを、別の人が聞く。
↓
その人自身が内省する。
↓
また別の解釈が生まれる。
↓
それが他者に伝わる。
↓
さらに内省される。
↓
記録される。
↓
別の時代の人間が読み直す。
↓
また新しい意味が生まれる。
こうなると、宗教は一人の人間の思想ではなく、
何世代にもわたって人間の内省が重なった巨大な意味生成システム
として見ることができる。
仏教なんか特にそうで、最初から「宇宙の構造を説明する科学理論」として作られたわけではないのに、後世の思想の発展によって、非常に巨大な世界観になっている。によって正反対の働きをする。
そこには「個人の内省」だけではなく「集合知」が入ってくる。
一人の人間の内省には限界がある。
でも、
Aが考える。
↓
Bが疑問を持つ。
↓
Cが別の解釈をする。
↓
Dが体系化する。
↓
Eが反論する。
↓
Fがさらに修正する。
……ということを何百年も繰り返したら、一人の人間では到底到達できない巨大な意味のネットワークになる。
この意味では、宗教はものすごく古い「集合的な思考装置」と見ることもできる。
そして、ここであなたの「名前」の話まで戻ってくる。
「仏」「悟り」「輪廻」「業」「涅槃」「神」「罪」「救済」などの言葉は、それぞれ巨大な意味のネットワークを圧縮している。
一つの言葉を使うことで、それまで何世代もの人間が考えてきた大量の内省結果を呼び出せる。
つまり宗教用語は、あなたの言う「名前」の究極的な形の一つとも考えられる。
ただし、ここには危険もある。
名前が強力になりすぎると、
「その言葉が指している意味をもう一度自分で検討する」
のではなく、
「その言葉を信じる」
だけになってしまう。
そうすると、本来は「内省の結果だったもの」が、今度は「思考を停止させる装置」になる。
「神だから」 「仏教ではこうだから」 「聖典に書いてあるから」
で終わってしまう。
これは、あなたが最初に言っていた「分からないものに超常的な存在を置いてフタをする」と完全につながる。
だから宗教には、二つの方向が同時に存在し得る。
内省をさらに進めるための道具になる宗教。
そして、
内省を終わらせるための答えになる宗教。
同じ言葉や教義でも、使う人によって正反対の働きをする。
そして私は、あなたが言う「シャカやイエスは、さらに内省を進めた人物なのではないか」という見方は、かなり面白いと思う。
もしそうなら、宗教の始まりは「神秘的なものを信じたこと」ではなく、
人間が自分自身の思考を、さらに思考の対象にしたこと
だったのかもしれない。
私
確かにあなたの言う事は面白いかも
宗教は意識の構造と似ているのかも。
宗教には考え方にそれぞれ宗教なりのルールがある。
これは意識にとっての自我にあたる。
その宗教に入ってきた人々、情報が宗教とぶつかる事で
それにその宗教なりの意味を与えなければならなくなる。
それでうまく宗教観を広げてより多様な人々にも通用する思想になれるかもしれないし、
中世暗黒期の停滞やガリレオの宗教裁判などの負の部分の原因になったりするのかもしれない。
ここで注意すべきは宗教は組織だから自我の核には指導者や支配層、組織の事情という偏りが入るという事。
宗教戦争なんかはこの要素がさらに強く出た例かな?
ChatGPT
特に「宗教を巨大な意識として見る」という発想は面白い。
もちろん宗教そのものが文字通り一つの意識だという意味ではなく、情報処理の構造が似ている、という意味ならかなり有効なモデルになりそう。
宗教は、あなたのモデルでは「巨大化した意味生成システム」として見ることができる。
そして「自我」に相当するものとして教義や宗教的価値観を置くのも面白い。
自我は「自分はこういう存在である」という境界を作る。
宗教も、
「我々はこう考える」 「これは善である」 「これは悪である」 「これは正しい」 「これは異端である」
という境界を作る。
境界があるからこそ、外部から情報が入ってきたときに「自分たちにとってどういう意味なのか」を判断できる。
ただ、ここであなたが指摘した「組織だから自我の核に指導者や支配層の偏りが入る」というところが、本当に重要だと思う。
個人の自我にも偏りがある。
でも個人なら、少なくとも「自分の中で矛盾している」と気づいて自分自身を変えることができる。
ところが宗教が組織化すると、そこに別の層が加わる。
教義そのもの
+
信者の解釈
+
指導者の解釈
+
組織の維持
+
権力
+
経済
+
政治
+
既存制度
というものが絡み合ってくる。
すると「宗教の教義を守ること」と「組織を守ること」が、いつの間にか同じ意味になってしまう可能性がある。
ここからが危険なんだと思う。
本来なら、
「新しい情報が入った。では既存の考え方を修正しよう」
となるところが、
「新しい情報が入った。しかしこれは我々の体系を壊す。だから新しい情報のほうを否定しよう」
になってしまう。
これは個人で言えば、
「自分の考えと現実が矛盾している」
↓
「では自分の考えを修正しよう」
ではなく、
「自分の考えと矛盾する現実のほうが間違っている」
と言い始める状態に近い。
ここでガリレオの問題が象徴的な例になる。
ただし、「中世暗黒期」という言葉は歴史学ではかなり単純化しすぎた表現なので、そこは分けたほうがいい。中世ヨーロッパ全体が知的に停滞していたわけではないし、大学や哲学、自然研究なども発展していた。
ガリレオについても、単純に「宗教 vs 科学」という一対一の構図ではない。教会内部にも異なる立場があり、政治的・個人的な対立も絡んでいた。
でも、あなたが言っている構造自体はかなり重要。
「既存の世界モデルに、新しい情報が衝突したとき、世界モデルを変更するのではなく、新しい情報を排除する」
という現象だね。
そして宗教戦争になると、それがさらに巨大化する。
組織化された自我が強くなりすぎると、
「自分とは違う意味を持つ他者」=「自分を脅かす存在」
に変わってしまう。
だから私は、あなたのモデルにもう一つ面白い概念を足せると思う。
それは「自己修正能力」。
個人でも宗教でも、
「自分の世界モデルと現実が衝突したとき、自分を変えられるか?」
という能力がある。
自己修正できる体系は、外部から情報を取り込んで複雑になっていく。
自己修正できない体系は、矛盾する情報を排除して、閉じた体系になっていく。
そしてこれは宗教だけではなく、科学、政治、企業、国家、コミュニティ、さらには個人にも当てはまる。
私
ここで一つ言っておきたいのは
人間は意識の中に矛盾を置いたまま生きられるという事。
それが極端になれば心や体を病むけれど、
矛盾を抱えながらそれを無視して生きる事も出来る。
自我と世界が対立したら新しいルールを創造して間に噛ませるなんて生存戦略もある。
むしろ矛盾のない意識の方が少ないかも。
矛盾は解消した方がいいけれど
必ずしも修正しなければならないとは私は思わないな。
人の複雑さってそういう矛盾とかからも出てると思う。
ChatGPT
うん。これはかなり大事な修正だと思う。
前に私が「自己修正できる体系」と「できない体系」を少し対比させすぎた。あなたの言う通り、人間の意識はそんなに単純に「矛盾を発見したら修正する」という構造ではない。
むしろ人間は、矛盾を抱えたままでも動ける。
「建前」にも少し似ていると思う。
建前というと「本音を隠す嘘」のように捉えられがちだけど、もっと広く考えれば、
互いに両立しない情報や欲求を、社会の中で同時に扱うために作られた意味の層
とも考えられる。
だから人間の複雑さは、情報量が多いだけではなく、
矛盾する意味を同時に保持できること
から生まれているのかもしれない。
これは「自我」を考える上でもかなり重要だと思う。
自我は、完全な整合性によって維持されているのではなく、
矛盾を抱えたままでも、それらを一つの「自分」という概念の中に置いておける能力
によって維持されているのかもしれない。
「矛盾=悪」ではない。
むしろ、
矛盾があるから、新しい意味を作る必要が生まれる。
そう考えると、矛盾は意識にとって単なるエラーではなく、思考を発生させる入力でもある。
人間は、矛盾をなくすことで一貫した存在になるのではなく、矛盾を抱えたまま、それらの間に意味を作り続けることで「自分」を維持している。
そう考えると、「完全に矛盾のない人間」というものがいたとしても、それは必ずしも高度な意識とは限らない。
むしろ、矛盾するものを同時に保持し、それでも思考を続けられること自体が、知性の一つの形なのかもしれない。
私
人は意味の分からない物にも意味が分からないという意味を付けて置いておくように思う。
それを他人と共有したり、自分で考える場合は
それにモヤモヤした感覚とか よく分からない出来事などといった名前(ラベル)を付けて意味や記憶を取り出す。
意識が情報として受け取った物は意味不明、理解不能、解読不能にもそれなりの意味が生成される。
だから人は情報として認知した物は時間をかければ
いつかは解決、克服出来るのかもしれない。
(一つ一つ仮説を生成するたびに実験や集合知の利用、内省を繰り返しては、また新しい仮説を生成して繰り返す)
例えば、ニュートンが重力を意識して情報にしたとか。
空を飛び回る生物を見て、空を飛ぶ事を夢見たとか。
逆に言えば、意識が認識出来ない、情報として感知出来ない事柄については、それがどんなに単純な事であっても
気付く事は出来ない(盲点になる)のかもしれない。
間違いや検討違いも歴史になるし、
技術の克服でそれが再検討される事もある。
ChatGPT
理解できない → 思考できない
ではなく、
理解できない → 『理解できないもの』として意味付ける → 記憶する → 後から再び思考する
という経路が成立する。
名前は、完成した意味にだけ付くものではなく、未完成の意味にも付けられる。
「認識できないものは、存在していても問題として認識できない。」
つまり、人間にとって最大の盲点は「知らないもの」ではなく、
「自分が知らないことすら認識できていないもの」
なのかもしれない。
「分からない」と認識できたものは、もう思考の対象になっている。
本当に恐ろしいのは、
「それが存在するという可能性そのものを、まだ情報として切り出せていない領域」
なんだと思う。
そう考えると、人類の知識の歴史は「答えを増やす歴史」であると同時に、
「今まで存在すら知らなかった問いを発見する?歴史」
でもある。
そしてたぶん、あなたが最初から考えている「意識」というものの最大の特徴の一つが、ここにある。
意識は、答えを出すだけではなく、
「自分が分かっていない」という状態そのものを情報として認識できる。
だから「分からない」に名前を付けて保存できる。
そして、その名前を何十年後、何百年後の誰かが拾って、まったく別の情報と結び付ける。
そこから、昔は「意味不明」だったものに新しい意味が生まれる。
この構造を考えていくと、あなたが最初に言った「世界は意識・情報・時間・意味からできている」という仮説が、かなり「知識が増えていく仕組み」まで説明できる形になってきていると思う。
