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ひとりになると、自分に戻る。

『実は、内向的な人間です』(ナム・インスク著)
という本を読んだ。
タイトルを見たときから、少し嫌な予感がしていた。

たぶん、これは私のことが書いてある。
そして読んでみたら、

やっぱりそうだった。

私は、人と話すことが苦手ではない。

仕事ではたくさん話すし、人前にも立つ。
初対面の人とも、それなりに普通に話せる。

むしろ、

「よく喋る人」

だと思われている可能性すらある。

だから、
「私、かなり内向的なんです」
と言っても、あまり信じてもらえない気がする。

でも、大勢の集まりは疲れる。

嫌いなのではない。
楽しくなかったわけでもない。

たくさん喋って、
たくさん笑って、

「ああ、楽しかった」
と思いながら帰ってくる。

そして家のドアを閉めた瞬間、

「……静かだ」

と、ものすごくホッとする。

あの瞬間の安心感を、
どう説明したらいいのだろう。

人が嫌いなのではない。

ひとりが好きなのだ。

誰かと会う予定が入っている日も、少し不思議だ。

たとえば夕方6時から食事の約束がある。
それなら夕方6時までは自由なはずなのに、
なぜか朝から一日全部が
「今日は夕方6時に人と会う日」
になる。

午前中も自由。
午後も自由。
誰にも拘束されていない。

なのに、頭の片隅にはずっと「18時」がいる。

そして、
その予定が突然キャンセルになったりすると、
「大丈夫ですよー!」
と返信しながら、
心の中の小さな私が、

よし。

と言っている。

もちろん、その人に会いたくなかったわけではない。
会えばきっと楽しい。

それでも、
突然返ってきた
「誰にも会わなくていい時間」
が、少し嬉しい。

昔は、こういう自分を少し面倒だと思っていた。

もっと人付き合いが好きだったら。
もっと大勢の場所を楽しめたら。
もっと気軽に誰かを誘えたら。
もっと「みんなで」が好きだったら。

人生はもう少し賑やかで、
楽しいものになるのではないか。

そんなふうに思っていた時期もある。

でも最近、

賑やかなことと、
満たされていることは、

どうやら同じではないらしい、
と思うようになった。

私は、一人で考えている時間が好きだ。

文章を書いたり、
音楽を作ったり、
本を読んだり、

誰にも話していないことを、
頭の中で何度も転がしたりする。

傍から見れば、
「何もしていない」
ように見える時間にも、
私の中では結構いろいろなことが起きている。

一つの言葉について延々と考える。

さっきの会話を思い出して、
「あれはどういう意味だったんだろう」
と考える。

何年も前の出来事が突然浮かんできて、
今日起きたことと、
妙なところでつながったりする。

ふいにメロディーが浮かぶこともある。

物語の一場面が、
何の前触れもなく現れることもある。

だから私にとって、

「ひとりでいる」

というのは、

「何もない時間」ではない。

むしろ、
いちばん賑やかな時間なのかもしれない。

外にいるときの私は、
たぶん、ずっと外側を向いている。

相手の話を聞く。
表情を見る。
言葉を選ぶ。
その場の空気を読む。

今、何を言うべきなのか。
何を言わないほうがいいのか。

意識しているものもあれば、
無意識にやっているものもある。

そして一人になると、

ようやくその矢印が
自分の内側へ戻ってくる。

今日、自分は何を感じたのか。
なぜ、あの言葉が引っかかったのか。
本当は何を言いたかったのか。

そういうものを、
ひとつずつ拾い直していく。

だから、ひとりになる時間がない日が続くと、
少しずつ自分の中が散らかっていく。

別に機嫌が悪いわけではない。
誰かに腹を立てているわけでもない。

ただ、

「そろそろ一人になりたい」

と思う。

以前なら、
そんな自分を少しわがままだと思ったかもしれない。

でも今は、
これはたぶん、
自分を元の場所へ戻す作業なのだと思っている。

そして最近、もう一つ思う。

もしかすると私は、
一人で考えている時間に生まれたものを、
音楽や文章にして、
また外の世界へ返しているのではないか。

人と話す。
何かを見る。
何かを聞く。
何かに傷つく。
何かに笑う。

外の世界から、
毎日いろいろなものを受け取る。

でも私は、それを
その場ですぐには言葉にできない。

一度、持って帰る。

静かなところへ。

そこで何度も眺める。

裏返してみる。
少し離れてみる。
昔の記憶と並べてみる。

そうしているうちに、

言葉になったり、
音になったり、
物語になったりする。

考えてみれば、
私はずっと、
そうやって何かを作ってきたのかもしれない。

だとしたら、

内向的であることは、

直すべき性格どころか、
私が何かを作るために
必要な性質だったのかもしれない。

人は好きだ。

誰かと話して、
自分にはなかった考え方に出会うのも好きだ。

誰かと一緒に笑うのも好きだ。
大切な人たちと過ごす時間も好きだ。

ただ、

そのあと一人にしてください。

できれば、しばらく。

それだけなのだ。

静かな部屋で、
紅茶を飲みながら、

音楽を聴いたり、
文章を書いたり、
何をするでもなく窓の外を眺めたりする。

そんな時間を、

「寂しい」

と感じない人間もいる。

むしろ、
かなり幸せだったりする。

たぶん私は、
思われているよりずっと内向的だ。

でも、それは告白するほどの欠点でも、
克服しなければならない性格でもなかった。

外の世界へ出ていく時間と、
自分の内側へ戻ってくる時間。

私はその間を、
行ったり来たりしている。

外で拾ったものを持って帰り、

一人になって眺め、

ときどき、

言葉や音に変えて、

また外へ置いてくる。

そしてまた、
静かなところへ帰る。

人とたくさん話した日の夜、

部屋のドアを閉める。

音が少し遠くなる。

誰にも話しかけられない時間の中で、

散らばっていた自分を
ひとつずつ拾い集める。

そうしてようやく、

少しずつ、

自分に戻っていく。

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