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gucchon
良妻賢母という名の高負荷OS ──女を褒めながら、無償労働へ誘導してきた日本
わたしは昔から、「良妻賢母」という言葉が嫌いだった。
何となく嫌だった。
息苦しかった。
最近ようやく、その理由がわかってきた。
あの言葉、
女に“超高負荷マルチタスクOS”を無償インストールする思想だからだ。
良妻賢母。
響きは美しい。
だが実態はどうか。
家事。
育児。
介護。
感情労働。
夫の世話。
地域。
学校。
親戚。
空気読み。
しかも、
「自然にできて当然」
という仕様。
いやいや待て。
そんな高度運営、
本来は訓練と教育が必要だろう。
わたしは家事代行の現場で、
数え切れないほどの“疲弊した女たち”を見てきた。
教育熱心な母親。
完璧主義の妻。
夫を支え続けた人。
更年期に突入した人。
みんな真面目だ。
真面目だから壊れる。
特に中学受験家庭はわかりやすい。
家庭が受験運営組織になる。
母親は、
スケジュール管理、
送迎、
弁当、
メンタルケア、
空気管理、
情報収集。
しかも、その労働は“愛情”として処理される。
労働なのに。
高度オペレーションなのに。
そして恐ろしいことに、
日本社会はいまだに、
「母性があればできる」
と思っている節がある。
違う。
家事能力と愛情は別物だ。
ケア能力と収納スキルも別。
優しい人ほど、
認知負荷で潰れることすらある。
わたしは最近、
“良妻賢母”とは、
女を褒めながら高負荷労働へ誘導する、
極めて巧妙なシステムだったのではないかと思っている。
