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名古屋の家・蓑虫の紙袋と、冬の影

小学二年生くらいだったと思う。
昭和の子どもは、今よりずっと逞しくて、
一人で遊びに出たり、
買い物に行ったり、
小さな“独り立ち”を自然にしていた。

街道沿いのシェアハウスには、
同じ社宅に住む幼なじみの京子ちゃんがいて、 そのおばあちゃんが時々遊びに来ていた。
手芸が趣味で、蓑虫の蓑を皮細工のように使って バッグや小物を作っていた。

冬のある日、友だちの家から帰る途中、
垣根に蓑虫がたくさんぶら下がっているのを
見つけた。
あ、京子ちゃんのおばあちゃん、
「蓑虫いっぱい集めてる」って言ってたな。
よし、いっぱい取ってプレゼントしよう。
そう思った私は、たまたま持っていた紙袋に 夢中で蓑虫を集めた。
三十個はあったと思う。
袋はずっしり重くなり、 “これは喜ぶよー!”と胸が弾んだ。

そのあと、普段あまり行かない
文房具屋さんに寄り道した。
店番のおじさんがいて、
欲しかったメモ帳が棚に並んでいた。

でも、蓑虫の入った紙袋を
見られるのは恥ずかしい。
私はおじさんに背を向け、
少し影になる場所で
そっと財布を出そうとした。
メモ帳はまだ手に取っていない。

その瞬間だった。

「ちょっと!今、手提げに何入れた!」

突然の大きな声。
胸が凍りついた。
何?どうして?
泣きそうになりながら固まった。

「袋の中、見せて!」

万引きを疑われたのだ。
もちろん、そんなことするはずがない。
でも、蓑虫を見られるのが恥ずかしい。
心臓がバクバクして、
顔が熱くなって、
言葉が出なかった。
袋の中を見せると、
おじさんは「ああ…」と気まずそうにした。
勘違いだった。

でも、私は傷ついた。
恥ずかしさ、悔しさ、
''疑われるような行動をした自分が悪い”という自責。
いろんな思いが胸の中で
ぐちゃぐちゃになった。

それでも私は、 キリッとした顔で
メモ帳を買って帰った。
泣きたかったけれど、泣かなかった。

その日、私は心の中で誓った。

「絶対に、疑われるようなことはお店でしない」

学生時代、軽い気持ちで万引きをする子もいたけれど、
私は一度も盗みをしなかった。
母子家庭でも、
どんなに欲しいものがあっても、
"盗む”という選択肢は心に浮かばなかった。

たぶん、この出来事があったからだ。

このことは、
母にもおばあちゃんにも話していない。
大人になってから、
姉にだけ話した記憶がある。

そして、蓑虫は無事に
京子ちゃんのおばあちゃんに渡せた。
とても喜んでくれた。

その笑顔だけが、
あの日の影の中に差し込んだ小さな光だった。



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