名古屋の家・みやちゃんと押し車の影
名古屋の井戸の家のまわりには、空き地やはらっぱが広がっていた。
春になると、土のあいだからつくしが顔を出し、 私たちはそれを見つけるたびに小さな宝物のように喜んだ。
自宅の裏側の水路沿いには、
私より一歳下の女の子が住んでいた。
一人っ子で、お母さんは専業主婦だったのだと思う。
いつもお母さんとふたりで遊んでいて、
私と遊べる日はとても嬉しそうだった。
その子の名前はもう思い出せないけれど、
あの子の笑顔だけは胸の奥に残っている。
ある日、みやちゃんといつものように
遊んでいて、 気づけばその子の家の前に
来ていた。
玄関脇の軒下には、 その子のおもちゃの押し車が整然と置かれていた。
レトロな色合いで、 子ども心にも「かわいいな」と思うような大切にされているおもちゃだった。
そのときだった。
みやちゃんが急に言った。
「ねえ、あのおもちゃ、川に捨てよう」
え……なんで。
胸の奥がざわっとした。
ためらいが全身を包んだ。
でも、みやちゃんの言葉には
どこか逆らえない力があった。
嫌だな、と思いながらも、
私はその場に立ち尽くした。
気づけば、みやちゃんの“いたずら”に
加担したような形になっていた。
次の瞬間だった。
じゃーん。
押し車が川に落ちる音が響いた。
水しぶきがぱっと上がり、
その音が胸の奥に深く刺さった。
みやちゃんが「逃げよ」と言って走り出し、
私もその影を追うように慌てて走った。
多分、急いで家に帰ったのだと思う。
家に着いても、 胸の中のドキドキとざわめきはおさまらなかった。
ずっと、ずっと、罪悪感が
波のように押し寄せていた。
夜になって、母から話があった。
「今日のお昼のこと、近所の人が見てたみたいよ」
その瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。
どうしよう、と頭の中が真っ白になった。
近所の人が、 私とみやちゃんが押し車を川に落としたのを見ていて、
その子のお母さんに知らせたらしい。
母は、私がまだ小さいことをわかっていた。 みやちゃんが主導だったことも、
きっと理解していた。
でも母は静かに言った。
「謝りに行かなきゃいけないよ」
その声は、叱るでもなく、責めるでもなく、 ただ“正しいことを教える声”だった。
私は母と一緒に、 その子の家に謝りに行ったのだと思う。
細かい記憶は曖昧だけれど、
胸の奥のしゅんとした重さだけは、
今もはっきり残っている。
それから、みやちゃんとは
あまり遊ばなくなった。
そして間もなく、母の仕事の都合で、
私たちは社宅のある街道沿いの
シェアハウスへ引っ越した。
みやちゃんとの記憶は、
ここでふっと途切れる。
でも今思うと、
みやちゃんの存在には 大人たちの間での“優しい暗黙の了解” があったのかもしれない。
みやちゃんは、 少し特性のある子だったのだろう。
周りの大人たちはそれを理解していて、
そっと見守っていたのだと思う。
そして私は、
その世界の中で “人の気持ちを想像する力”の芽を 静かに育てていた。
あの影の記憶は、
今の私の優しさの根っこになっている。
